きもだめし (1)








「・・・・・そしたら鏡の中からぬ〜〜〜〜っと血まみれの手が・・・・」

「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」



両耳をふさぎ、真っ青になって姉貴分の狐娘にへばりつく、人間の子。



「あはははーーー。やっぱセンが一番の怖がりだなーー」

「だってだってだってだってーーーー」

「・・・あ。そこ。何か白い影が・・・」

「いやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


がちがち震えて本気で怖がる人間の子を取り囲み、女たちは大笑いする。



珍しく段取りよく仕事が片付いた、夏の夜。
湯屋の女部屋は怪談でおおいに盛り上がっていた。



「ほらほら、センのうしろ、うらめしげ〜〜な白装束の男が・・・」

「やめてやめてやめてーーーーーーっ!」

「なんか、ものほしげ〜〜な顔で立ってるぜ〜〜〜??」

「うそでしょ、うそでしょ、うそでしょーーーーーーーーー」

「嘘なもんか・・・・あ〜〜〜っ! 襲われるぞ〜〜〜〜〜っっ!!!」

「やだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」



千尋は手近にあった座布団だの枕だのを夢中でひっつかみ、片っ端から後方に投げまくった。



・・・と。







ぼすっ。








「・・・え?」





いやに手ごたえのよい音が聞こえて。
千尋がおそるおそる背後を振り返ると。




顔面で座布団を受け止めて立ち尽くす、少年帳場頭がそこに、いた。

ぎゃははははーーーやったーーーーーーっ、と大笑いする女たちと。
さーーーっと顔色を失う、人間の娘。




「・・・・・あ・・・・っ・・・・・。その、、、、すみません、、ハク、、、さま」



顔にめりこんだ座布団がやけにゆっくりと床に落とされ。
普段の能面顔に輪をかけてむつっと無表情な白おもての少年の顔が、現れた。



「・・・・・そなたたち、いったいいつまで騒いでいる。消灯時間はとっくに------」


後を引くくすくす笑いを必死で我慢している女たちに向かい、彼がおもむろに口を開くやいなや。



「はーい!わかってますってばー!」
「おやすみなさいませ〜〜〜ハクさま〜〜〜」
「あ、ハク様も一緒にここで寝ますぅ?」
「じゃ、あたし添い寝してあげる〜〜〜っv」
「やだ〜〜〜あたしが添い寝するーーー」
「何よっ、抜け駆けはナシよっ!?」
「それじゃ、じゃんけんで♪」
「最初はぐー!じゃんけん、・・・」



小言など最後まで言わすものかとばかりに、皆で一斉にぴぃちくぱぁちくと囀(さえず)り出す女組。
仏頂面の少年上司、この手の冗談が実はかなり苦手である。
それを百も承知の上での龍神撃退集団戦法。成功率、ほぼ100%。


多勢に無勢の少年はかすかに眉を顰め、じろりと彼女らを一瞥すると。
さっさと寝むようにとだけ言い残し、居心地悪げに女部屋に背を向け早々に退散する。



やったーvとガッツポーズをとる女たちの中から。

栗色の髪をポニーテールにまとめた小湯女がひとり、泣きそうな顔で飛び出して行った。



「あーらら。泣かせちゃった」

「心配ないって。ハク様がちゃんとなぐさめるさ」

「あはははは。可愛いねぇ、センは」

「ほんと。ハク様にはもったいないよねぇ」



可愛らしいといえば、可愛らしいことこの上ない職場カップルを肴に、女たちはまたひとしきり盛り上がる。




「ところでさ、ハク様って怖いものあるのかな」

「えー。どうだろ。あのヒト、顔に出さないから」

「ほんとだ。ハク様がおびえて真っ青になったところなんて」

「見たことないよね」




一同はそこで顔を見合わせる。




「・・・・・・見たくない?」

「・・・・・見たい」

「よし」





一同はまた顔を見合わせて。
にぃ・・・っと笑った。





* * * * * * * * * *





「なんじゃとう? 肝試し?」

翌日の早朝ボイラー室。
そこの主である蜘蛛の老人は、起きぬけ早々から数人の小湯女たちにわいわいと取り囲まれていた。


「うん、そうなの。でさぁ、『本物の死体みたいに見える』薬なんて、作れないかなぁ」

「そんなもん、どうするんじゃ」

「脅かす役の子に飲まして幽霊らしくさせようと思って」

「化粧でできるじゃろうが」

「そんな子供だまし、ちっとも怖くないじゃん。やっぱこういうのは『りありてぃー』が肝心だもん。ねぇ?」



うんうんうんと一斉に肯く少女達に、釜爺は苦笑する。
まあ、罪のない遊びだしと思い、彼は彼女らの願いを聞き届けてやることにした。


何本かの手をにゅうっと薬棚に伸ばすと、薬草だのなんだのを適量つかみ出し、手際よく調合して薬包紙に包んでやる。


「ほれ。これをぬるま湯に溶かして飲んでしばらくするとな、ひやっと身体が冷たくなって、顔色も青白く見えるぞい」

「あのさぁ・・」

「なんじゃい?」

「ほんとに死んじゃったりとかしないよね?」

「ただの熱さましと血圧降下剤じゃ。元気なモンが飲んだってせいぜい四半時(約30分)で元にもどるわい」

「そっか! ありがとー!!」



きゃあきゃあ喜ぶ娘たちを前に、黒眼鏡の下の目を細める蜘蛛の老人。




    --------かわいいもんじゃのう。




日々辛い労働に耐え、一人前に自分で自分を養っているこの子たちも、まだまだ子供だと。

そんなふうに思える、彼女らの年相応なはしゃぎようを見るのは、彼にとって嬉しいものだった。



楽しげな彼女らを大あくびをで見送って。
彼はもう一眠り決め込むことにした。








* * * * * * * * * *








「え? 何をするのだって?」



終業後、最後まで居残って帳場を片付けていたハクのもとに、おずおずと千尋がやってきた。



「あのね、だからね、『きもだめし』・・・・」

「肝試し?」

「うん・・・・わたしはね、いやだって言ったの・・・」



言う端からすでに泣き顔になりかけている千尋をなだめなだめ、詳しい話を聞くと。

今晩、女たちが裏庭で納涼度胸だめしをするらしく。
一人ずつ、さまざまな仕掛けのこらしてあるそこを一周して来ることになっているという。



「な、泣かないで無事戻ってこれたらいいけれど、泣いた子は明日大湯番なんだって・・・」



何が嬉しくてそんな子供だましな遊びをするのだろうと、帳場頭は思ったが。
あの嘴(くちばし)かしましい雀達も、時にはそんな他愛無い気晴らしのひとつもしたくなるものなのだろうかと思い直し、くすりと笑った。



「わ、笑わないでよぅ・・・・」



自分は大湯番でいいから『肝試し』は棄権したいと、千尋は話の持ち上がった時点から必死で主張したということなのだが。

・・・・・にべもなく却下されたとのこと。



「それで?」


笑っては悪いとは思いながらも、苦笑を抑えきれないまま龍の子が続きを促す。
場合によっては、-------我ながらつくづく彼女には甘いとは思うけれども-------適当な理由をつけてその『肝試し』を中止にしてやろうか、などとも考えながら。



「でね、あんまりわたしが嫌がるものだから、、、、、特別にわたしにだけ、『ハンデ』をつけてくれることになったの」

「『はんで』?」

「誰かに一緒についてきてもらって、いいって・・・」

「・・・・うん?」



言われていることがもひとつ理解できていないらしい龍神に、しびれを切らした千尋は力いっぱいしがみついて懇願した。



「お願い!!!!ハク、一緒に来て!!!! お願いお願いお願いお願いーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」








ああ、なんだそういうことか、と。


むろん、こういう状況に悪い気はしない帳場頭の少年は。


つい今しがたまで、自分の権限で『肝試し』そのものをお流れにしてやろうかと思っていたことなど、おくびにも出さず---------笑顔で彼女の申し出を受けたのだった。



怖がる彼女に腕を貸してぶらぶら夜道の散歩をするのも悪くな・・・・・・いや、女たち のたわいない遊びを握りつぶすような横暴悪徳上司などもってのほか、自分の『立会い』のもとで行なうということにして、問題なくやらせてやるのが上役のつとめ、などと、いともさわやかに考えを改めて。








♪この壁紙はさまよりいただきました。♪



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