あられ騒動 ざわざわ‥ 何故だろう。それは、ハク竜を思い浮ばせた。 言ってみれば普段、恐れ敬うべきのハクを食べたといったも同然なのだ。 ついには青蛙も限界になって倒れてしまった。 「なんだい、意気地のない。それになかなかの珍味だろう?何、抜いたってすぐに生えてくる。死にやしないさ。」 千尋はハッとして「お、おばあちゃん、そ、それでハクは!?」 「湯婆婆様と呼べといってるだろ! 何、ちょっとこたえたみたいだねぇ。ほれ、そこの調理場でぐったりしてるよ。」 聞くなり、千尋は急いで調理場へ向かった。 倒れた青蛙が目の端に入ったが、見なかったふりをした。 だって千尋にとってはハクが何よりも最優先するべきことだから。 「ハク!!」 調理場の隅で座り込んでいるハクを見て悲鳴のような声で呼ぶ千尋。 ハクは人型だった。しかし、傷があちこちついている。 「ハク!大丈夫!?」 「千尋‥‥。何でここに?」 「何でってハクが心配で‥‥そうじゃなくて!何で料理の材料になんかなっちゃったのよう!」 千尋はもうパニック状態になりかけていた。(当然だ) 対照的にハクは落ち着いてこう言った。 「千尋、今度の桃の節句のときに位の高い神様がここに参られるんだ。だから、そのお方が少しでも満足していただく為に、季節も折り、新メニューを出すことにしたんだ。 しかし、そのお方を満足させるような料理がなかなか出来ない。 湯婆婆も必死で考えていたんだ。そして、あることを思い出した。 その方は竜が何よりもお好みなんだそうだ。」 千尋の目が大きくなる。 「幸い(?)なことに湯屋には私がいた。 しかし、私は帳簿を預かっているからまさか本当に出すわけにもいかない。 だが、お客は大事にしなければならない。 それで何とか思いついたんだ。全部食べられるよりはましだろう?だからこのくらい‥‥」 さらりと、とんでもないことを述べるハクに対して千尋は激怒した。 「何がこのくらいよ!竜を喰らうなんて信じらんない!」 恐ろしいほどの剣幕に、ハクは一瞬気圧されそうになったが、千尋に仕事というものを教えなければと、改めて向き直った。 「千尋。どんなに自分が嫌でも、お客様を喜ばすには最低限の犠牲も必要なんだ。もし、ここで僕が犠牲を払わなければ、そのお客様は二度とここに来なくなるばかりか、他の神々にもここに来させないようするかもしれない。接客業とはそれくらい厳しいものなんだ。お願いだから聞き分けてくれないか。」 ハクは必死だった。聞き分けさせたかった。だがそんな理不尽なことが千尋には通用しない。 「嫌、そんなハクが痛い思いするなんて嫌!」 なおも千尋は訴える。(当たり前だ) 「千尋!」 ひときわ厳しい声でハクは叫んだ。 千尋は一瞬あっけにとられた。 ハクのいうことも一理あるのも確かだし、だが他に思い浮かぶ方法もない。 ハクを守りたいのに、守ることも出来ない。 それに承諾するハクもハクだ。 ついに千尋は叫んだ。ハクよりもさらに大きい声で。 「ハクのバカ!」 そのまま、勢いよく調理場を飛び出して行った。 後にはあまりにもそばで大きい声で叫ばれたので、耳を押さえ唇を強く噛む少年が一人。 「さーて、お客様も来る日も近いし、お前たち、ハクの鱗、たくさん剥がしてきな。とりあえず死なない程度にやるんだよ。」 上機嫌な湯婆婆の声とは対照的にはきのない声で鱗剥がしを任された男たちが返事をする。 「はい‥‥」 「なんだい?四の五の言うと石炭にしちまうよ!」 「はいっ!!!」 調理場で、鱗剥がしが始まった。 ハク竜は痛みで暴れないようにしっかりと調理台に結び付けられている。 「ハク様、申し訳ございません!」 鱗を一枚抜くたびに男たちは叫ぶ。 昨日千尋にものすごく大きな声で叫ばれたダメージが残っているのに、 今度は蛙男たちに耳の傍で叫ばれるんだからハクもたまったものではない。 一枚。また一枚。ハクの美しい鱗がはがされていく。 抜いた後の血が流れないように張ってある布とそれに滲む血が対照的にハクを彩っていく。 さて、もう一息という時、一際、大きくて美しいものが男たちの目に入った。 一瞬どうしようかと迷ったが、湯婆婆に後でそのことを知って文句を言われるのもたまらない。 それに、次のお客は結構な身分だし、このくらい大き目のが一つあってもいいだろうと思い、男たちは覚悟を決めた。 「ハク様!申し訳ございません!」 男たちが今まで以上に大声で叫び、その鱗に手をかけた瞬間、 「きしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!!!!!」 その時千尋は、仕事も終わり就寝時間となっていたため、布団にもぐっていた。 何とか、あんなことはやめさせたい。 でも、他にいい方法も思いつかない。 布団がぬれそうになったとき、その声は聞こえてきた。 何事かと皆起き上がり、ざわめきだすのと同時に、千尋は廊下へと飛び出していた。 男たちが手にかけたもの。 それは知る人ぞ知る、「逆鱗」 その場にいた男たちは今まで直接竜に手をかけたことなど無かったので、 その存在をすっかり忘れてしまっていた。 ハクはその時、ぐったりとしていて男たちの行動に気づかなかった。 なので、いきなりそれに手をかけられて。 ‥‥ハクは暴れだしてしまったのだ。 いつもならば多少触れられても、ハクなりの理性で何とか抑えてきた。 しかし、今回は度重なるダメージでストレスが莫大にたまっていたのである。 一番主だったものが千尋に「バカ」と言われたこと。 次にずっと縛り付けられ鱗を剥がされたこと。 その他、日頃の従業員たちの自分と千尋に対するからかいなど。etc‥‥。 ハクは縛っていた紐さえ引きちぎり、調理場を飛び出し‥‥‥湯屋中を暴れまわった。 ・被害者1(オシラさま) 久々に湯屋に止まり、昨日の晩の宴会の酒もあって、だいぶまどろんでいた時、例の声を聞いた。 重い体をゆったりと動かし、何事かと廊下の襖を開け、身を乗り出したところへ、 びゅおんっ! マッハのスピードでオシラさまの前を白いものがかすっていった。その瞬間、 びしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅっ 白い、濁った液体がオシラさまの体や、白いもの、そして周りの襖などに浴びせられる。 白いものとは、当然ハク竜のこと。 そして、白い液体とは。 オシラさまは大根の神様といったらすぐわかるだろう。 そう、ハクの鱗で卸された神様の大根おろし オシラさまは、磨り減った自分の体に愕然とし、 そしてハク竜は傷ついた体に辛い大根おろしを浴びせられさらに暴れだしてしまった。 ・被害者2(名も無き神様) そのお方は、普段騒がしい現世から解放され、久々にぐっすりと眠っていた。 しかし、その時、あの声を聞きいったんは目を覚ましたのだが、 (誰かが、ゴキブリでも見つけたんだろう)と、またすぐに眠りだしたのだが! そのお方の隣の部屋はなんとオオトリさまご一行! 暗い部屋の中、たくさんの巨大なひよこの雑魚寝。 はたから見たらかなり恐ろしい光景なのだが、それはさておき。 やはり、オオトリさまもあの声を聞き、ピヨピヨと起き出した。 『何だ、今の声は!』 『私が聞きたいワイ!』 『誰か見て来いよ、お前』 『何で俺やネン!』 『お前、この間俺が楽しみにしていたキャベツ、取っただろ』 『それを言うお前は俺がやっと出来た彼女、とったじゃないか!お前が行けよ!』 『へっ、負けひよこがピーピーうるせーなー』 『何おおおおおおおおおおおおおおうっ!』 名も無き神様は今度は隣から聞こえてくるひよこの罵声と、乱闘の音に目を覚ました。 そして、ひよこの応援合戦。 『負けるなー!食い物の恨みは深いぞー!!?』 『俺もそいつに俺の彼女奪われたんだ!俺の分も頼む!ってかおれも入る!』 『おぉっ!じゃ俺も!』 ついには、名も無き神様も切れて。 『おのれら五月蝿いわ! と、隣の部屋に押し入り、乱闘に加わってしまった。 後で湯屋から請求された部屋の修理代はオオトリさまとの割り勘で安くすんだと。 ・被害者?3(家畜小屋の生き物) 今日の飯もうまかった‥‥。 いずれは食べられるということも知ってかしらずか生き物たちは深い眠りについていた。 何か湯屋から叫び声があった気もするが、距離もいくらか離れていることもあり、特に気にはしなかった。 しかし。 べきべきべきべきべきべきぃっっ 巨大な物体が家畜小屋の壁を吹き飛ばす! その音に驚いて目覚めた生き物たちは、パニック状態に陥り、 いっせいに檻へと体当たりした!! どごぉぉぉぉぉんっ! 見事、檻は変形したくさんの生き物がそこから外へと逃げ出す! あとには、こんな状態でもまだ寝ていられた鈍感な一部の豚が残っているだけだった。 千尋は、部屋から飛び出した後、ハクを捜しまわっていた。 予感がしてはじめに向かった調理場には哀れ、跳ね飛ばされた蛙男たちが倒れていた。 予感は的中した。 (ハクの鱗をここで取ってたんだ!) そして、天井には見事に大穴があいていた。 急いで上に行こうと飛び出した千尋の頭に、直接湯婆婆の声が響いた。 【千!急いで私の部屋に来な!ハクのためにお前に手伝ってもらうよ!】 「はい!」 急いで向かった千尋の目の前には、湯婆婆と引きつった顔をした湯バード。 「さて、お前も知ってるだろう。ハクは今、暴れている」 「とうぜんです!!!!!!!!!!!」 「大きな声を出さないどくれ!寝起きなんだよ! でだ、ハクの動きを何とか予知したところ、今度は湯屋の外に出るらしい。 お前、こいつに乗ってハクを止めに行ってくれないかい?と、いうより行きな!」 こいつ、とは先ほどから傍にいる湯バード。 湯バードに乗ってハクを止めに行く‥‥? 「おばあちゃん、私の重みでつぶれちゃわないかなぁ?」 「何、こいつは確か「例」のときしっかり坊を運んでくれたって言うじゃないか。 元のサイズに戻してあるし、それを考えたら同じようなものじゃないかい?」 おそらく「嫌だ」といってもこの状況じゃもう無理やり行かされるのは目に見えている。 ハクのためだ、と千尋は覚悟を決めた。 「わかりました!」 ハクは湯婆婆の予想通り湯屋の外に出ていた。 そのさい、壁をいくつか突き破り、煙突まで折っていたのだが。 そして、湯屋の周りをぐるりと回ったとき、ハクは不思議なものを目にした。 かなりよろよろとした動きの湯バードの上に、 ピンク色の衣を着た両手を広げ、まっすぐな瞳をこちらに向けた少女が立っていた。 その姿はまるで、以前こっそり千尋と街へ出かけたとき 初めて見た人間の世界の活動写真で題名を確か「風の谷の‥‥ とか、何とか思っていたのだがこのままではぶつかることに気づき、 方向転換をしようと思ったが間に合わない。 ぶつかる!と思った瞬間、千尋が目の前から消えて‥‥ どしんっっ 背中に何かが乗る衝撃を感じて、何事かと思ったとき 「ハク、正気に戻って!」 背中から千尋の声が響いた。 いや、千尋の姿を見たときに既に戻っていたんだが‥‥。 つまり、何が起こったかというと、千尋もこのままではぶつかると察し、 哀れ、湯バードを思いっきり踏み台にして、ハクの背中に乗り移ったのである。 飛んだ衝撃で幸い湯バードは下のほうに追いやられ、ハク竜とは接触せずにすんだ。 千尋の方はいつもと頭は逆に乗り移ったので、つかむ角も無く、 かなり必死にハク竜自体にしがみつかねばならなかったのだが。 ハクも事態に気づき、早くおろさねばと下へ向かったのだが大地は海になっていた。 「千尋、大丈夫だった?」 海の上に降り立ってまずは千尋を案じるハク。 「私のことより、ハクのほうこそ!やっぱり無理しすぎたんじゃない!」 「あぁ‥そうだね。逆鱗に触れられたからついつい‥‥」 逆鱗。千尋はわからないらしく首をかしげる。 「竜はそれに触れられるとかなり嫌なものでね。我をなくしやすい場所なんだ。 千尋が触ったらそんなことはまず無かったのに‥‥」 千尋が、という言葉で、少し恥ずかしくなってしまった千尋。 「そういえば、さっき私の前に立ちはだかる千尋を見て、この間見た活動写真のことを思い出したよ」 「活動写真?」 いきなり話題が変わったので、あせる千尋。 (か、活動写真ってなんだったっけ‥‥?) また言葉の意味がわからず焦る千尋にハクはなおも続ける。 「確か、その中の主人公も向かってくるものにあのように勇敢に立ちはだかった。 よく似てるよ。千尋は。 それに、確かこんなフレーズがなかったか? その者 紺碧の海に降り立ちて‥‥」 その言葉で、千尋はやっと映画のことだと気づく。 「ハ、ハク、違うよ?あれは金色の野だよ?」 「あ、そうだったけ?まあでも響きは似てないか?」 「まぁ、それは言われてみればそうだけど‥‥」 湯屋の橋の前まで戻ってきたとき、ハクは千尋に尋ねた。 「千尋は、私の鱗を食べたの?」 「うん?食べたけど?あぁぁぁぁぁ!ど、ど、どうしよう!すっかり忘れてた! ハクがまたひどい目にあっちゃう!」 「それはどうだろうね。」 ハクが落ち着いた、しかしどこか気まずいような顔をする。 「え、なんで?」 ハクは、湯屋を指差した。 そこには。 あちこちの壁がつき藪やれ、ガラスも全部割れ、果ては煙突もなくした湯屋の姿があった。 「ここまでやってしまったならお客様もこれないだろう。」 ハク、実は微妙に正気だったんじゃ‥‥? あえて、それは聞かないことにしておこう。 「私を食べたものの中に千尋がいたのか‥‥」 いきなりハクは小さくつぶやいた。 「次は逆だといいのに‥‥」 「逆って何が?」 聞こえないようにつぶやいたつもりだったのに! そんなに大きな声で言ったのか!? 千尋に聞かれたことを知って真っ赤になってしまったハク。 「ち、千尋!?い、い、いや、気にしないでくれ!!!!」 「なぁに?もしかしてまだハクを食べようとする人とかいるの?」 「いや、そうじゃなくて、そのっっ!」 この後、かなり説明に困ったハクだったが、そこまでこっちは知ったこっちゃない。 「まったく!お前は!せっかくの儲けのチャンスを全っっっ部チャラにしてしまいおって!こんなになってしまっては魔法でも修理しきれないよ!」 あちこちの壁を突き破り、文化遺産ともいえる置物も、珍味という珍味も、壊しまわったハク。 湯婆婆の怒りもそれはひどかった。 さらに、家畜小屋からは大量の生き物が逃げ出した。 すべて捕まえるにはかなりの困難が生じるだろう。 運悪く泊まっていた神様のお代はすべてハク持ちになった。 そして、修理のため、湯屋は約一週間の休業をやむなくされてしまった。 例のお客様が来るまでには確実に間に合わない。 結局、平謝りするしかなく、そしてその神も神で 「まぁ、たまにはこんな小さい所もと思ってね。 ただの一時の気の迷いだ。当日は本当いうとトンズラするつもりだったんだよ。」 と、非常に神様らしくない発言をし、湯婆婆はかなり切れ気味になっていた。 あれだけひどい思いをしたのが全部チャラになり、 さらには給料から湯屋の修理代や、被害にあった神様のお代がも差っ引かれてしまったので。 ハクにとっては最悪な桃の節句だったという。 終 春秋富さまからいただいた小説です(^^) しっかりハクセンらぶ風味あり、季節感あり、ノリのいいギャグあり、ブラック風味もあり、・・・と 盛りだくさんな内容をコンパクトにまとめてくださいました! どのキャラも生き生きと動いていて、楽しいですよね! 春秋富さま、どうもありがとうございました! |