**********************

<<< いろはかるた >>>

**********************



いろは にほえど
散りぬるを

わが世たれそ
つねならむ

うゐの おくやま
けふ越えて

・・・あさき夢見じ
ゑいもせず



******************************


がやがやがや。
大広間に集められた、油屋関係者一同。

の前に、でんと立ち、湯婆婆が大声で話しはじめる。

「あー。最近の不景気はどこの店も似たりよったりらしいけどね。ウチとしても、このところ、少々売上が伸び悩んでいるのは、みな承知の通りだね。あー、ちょっとハク、説明しな」


顎(あご)で促された、帳場頭の少年。
急になんだろう、と思いながらも立ち上がり、ここひと月あまりの売上報告を始める。
帳場の長たるもの、いつ何時でも、経理状況は頭に入っている。


「・・・・・というわけで、ここ数年、順調に伸びていた売上が、頭打ちになっている模様なのが、懸念されます。特に、売店でのみやげ物の売上げの落ち込みが著しい、のですが・・・?」


「で、だ。あたしゃ、考えたんだよ。なんか、みやげ物の、目玉になるようなモノをつくらなくちゃ、とね。」
なにやら、思惑ありげな、女経営者。



「・・・強欲女の考えることさ。ろくなことじゃないだろね。」
ちょいと用事で来たついでに、顔を出している、銭婆のつぶやき。
彼女のお供で付いてきている、カオナシも、アッ、アッ、と頷く。


「それで、オレ達、何すりゃいいんですかー? 『湯屋まんじゅう』とか『湯の華』の新製品でも考えろってことっすかー?」
リンがぼやく。
余計なことは、もう、たくさんなのだ。
終業時刻も過ぎているんだし、とっとと寝みたい。

まったく人使い、荒いったら。
残業手当、つけてくれるんだろな?


「ふふふぅ。そんなモン、どこの店でも売ってるじゃないか。あたしが考えたのはねぇ。・・・『油屋いろはかるた』さ。」



「は? かるたでございますか?」
父役が不思議そうに尋ねる。

「そうさ。手慰みにはもってこいだろ。あんたたちみんな、いろはで始まる、"五七五"をひねりな。それを読み札にするのさ。」
「し、しかしですね、我ら、句とか和歌とか、そういった道に明るい者はあまり・・・」
「いいんだよ。素人くさいのが、逆に受けるってのも、あんだから。顔なじみの従業員がどんな句をひねったか、ってんで、面白がるお客様だっているだろうし」


かるた。
材料は、ただの紙だし、元手は確かにかからない。
読み札をそれなりのプロに依頼するのではなく、従業員たちの作で間に合わせよう、っていうのだから、ほんとに安上がり。
我ながら、いいアイデアだと、自画自賛の、湯婆婆。


「手始めに、ハク。あんたなんか考えな。こういうの、あんたが一番得意そうじゃないか」


勝手なことを・・・・とは思いながら、さらさらと詠みあげる、龍の少年。


【い】いとしきは 頬あけ染めし 乙女かな
【ろ】楼閣に 一輪のはな 楚々として
【は】花よりも 月よりもなお 美(うま)し女(ひと)
【に】匂いたつ 薫りさやかに 湯あげ肌


げーー。どこでこんなの覚えたんだ、コイツ。
『湯あげ肌』だぁ?ガキのクセしてさ。

心の中で突っ込む、リン。

・・・気の利いた歌のひとつでも贈って、女の気を引く、ってのは昔からよくある手だっていうけど。
こういうのに長(た)けた男に、ロクなのいねーんだよ。
女たらし、丸出しじゃん。



「うん、綺麗じゃないか。いいね。女客に受けそうだね」
満足げな、湯婆婆。


「次、セン。あんた行きな」
「あ、、はい」

ええっと・・・と、細っこい指で字数をかぞえながら、懸命に考える、千尋。


【ほ】ほんとうに たいせつなもの 胸の中
【へ】変だなと 思っていたら 神隠し


「んー。・・・・まあ、いいか。子供だしね。次・・」
「あ、あたしできたよ。詠ませとくれ」と、銭婆。


【と】どうしても 成金趣味が 抜けないね
【ち】ちっとはさ あたしのセンス 見習いな


「・・・・あんたね。もう、どっか行きな」
「あ!次オレ!オレ詠みまーす!」


【り】『龍神』と 威張りくさるな パシリじゃん


む。
『パシリ』とかいう言葉の意味は定かではないが。
リンがにやにやしているのを見れば、何か、からかわれたのだろうということくらいは分かる。
かすかに、眉尻を上げる、ハク。

の、気配を察して、あわててフォローにまわる、千尋。


【ぬ】ぬばたまの 夜に流星 いとし、龍
【る】瑠璃星も 翡翠の前には 色あせて


とたんに、機嫌を直す、龍の少年。


【を】をとめごの 鈴振る声に 降る星や
【わ】我誓う 北の十字に 吾(わ)が想い


我ながら、なかなか、美しい出来だ。
千尋が、自分を「龍」にちなんで「流星」にたとえてくれたから。
それに応えて、「そなたの、鈴を『振る』ように美しい声に引かれて、星(=自分)は『降って』きたのだよ」と、返したのだ。
そして、永遠(とわ)の愛を北の十字星に誓う、と。
うん。自分達にふさわしい。



ご満悦の白龍に、切れそうになる、リン。

ちょ、調子に乗るなっての!!!
まるでセンが自分のモノみたいに聞こえるじゃねーかっ!!!

ええい悔しい、何か言い返すモン、ひねらなきゃ、とねじり鉢巻した時。


「ばーば! 坊も、できたぞー!」
「まぁあ、そうなのぉ〜〜〜〜? じゃ、ばーばに聞かせておくれぇね?」


【か】かわいいと ネズミ姿で アイドルに
【よ】よいかハク センはそのうち 坊のもの


え。
ぎょっとする、ハク。

「アッ、、アッ、、、、、」
「あ、カオナシ、あんたもできたのかい? どれ、あたしが代読してやろうね」


【た】ただ顔が イイってだけで 偉そうに
【れ】『例』の時 あんたは寝ていた だけじゃんか


ぎゃはははーー、と笑う、リン。
「『例の時』って。アレだろ、アレ。カオナシが大暴れして、湯屋中が大騒ぎしてたとき、、、誰かさんひと〜りだけ、すやすやおねんねだったっけねー」


ハクがまた熱くなりそうなので、釜爺が、まあまあ、と、ちょっと仲裁に入ってやる。


【そ】それはその 愛じゃよ愛じゃ わからんか


「・・・・かよわき女が、孤立無援で奮闘してるとき、ぐーぐー寝てるのの、ドコが愛なんだよっ」
「いや、それはじゃなぁ、、、」
「はん。じゃ、オレも一句。あ、いや三句できた」


【つ】ついでだし 言っといてやる マセガキよ
【ね】猫かぶり 一皮剥けば なんとやら
【な】なんだかだ いいながら ほら また触る


したり顔の狐娘と、わなわな震える白龍。

「リン。それではまるで、、、、痴漢ではないか」
「似たようなもんじゃねーか」
「!! わ、私は、っ! ただ、千尋を護ろうとっ・・・!!!」

「け、けんか、しないで〜〜〜お願い〜〜〜」
千尋がべそをかく。


なんだか、むちゃくちゃになってきた。

【ら】乱暴と 言われる覚えは 露もなし <ハク>
【む】無理やりに 触ってたじゃん 認めなよ <リン>
【う】うまいこと 言ってごまかす だめだぞう <坊>
【い】いつまでも 続くと思うな その美貌 <カオナシ>
【の】のうのうと 言い訳するな 男だろ <銭婆>
【お】男だろ 男ならホラ がんばんな <大湯女A>
【く】悔しけりゃ あたしが慰めて あげるわよぉ? <大湯女B>
【や】やめておけ そのへんでその、やめておけ <釜爺>
【ま】まぁだまだ めったにないし こんな機会(おり) <大湯女C>
【け】けけけけけ あははのへへへ ひひひひひ <青蛙>
【ふ】ふざけるな みんな揃って 減給だ <ハク ▼▼#>
【こ】怖い顔 してもやっぱり いい男♪ <大湯女D>
【へ】ヘンなコト 言わないでよねっ ハク様にーー! <ハク様ファンクラブの小湯女一同>


ああ、もう座の雰囲気は最悪。
ハクの気分も、最悪。


そこに、鶴の一声。


【て】天にまで とどけとばかり 白い龍
【あ】天(あま)駆ける 我が背の君の 影を追い


やっと、まともな、句。
千尋だ。一生懸命、綺麗にまとめたらしい。


落ち着きを取り戻す、ハク。
「影を追い」の、「影」を受けて。


【さ】運命(さだめ)とて 慕い慕われ 月の影 <ハク>
【き】きみがさす 傘の御影(みかげ)に 寄り添って <千尋>

【ゆ】ゆく影の 月のおもてに 重ねし掌(て) <ハク>
【め】めぐりあい 重ねた手と手の あたたかさ <千尋>
【み】満ち満ちて 千尋の海の あたたかく <ハク>


・・・・まるで、相聞歌(そうもんか)。あー聞いてる方が、恥ずかしい。


【し】しのぶれど あたたかき瞳(め)に あいのいろ <千尋>
【え】葡萄染(えびぞめ)に 染め抜きにたる 藍(あい)のいろ <ハク>

【い】愛(いと)しひと 想いに染まる わが頬は <千尋>
【も】紅葉(もみじば)の 散り敷く錦 妹(いも)の頬 <ハク>

【せ】瀬をはやみ もみじ葉散らす 琥珀川 <千尋>
【す】すみぞめの ゆうべの夢や 河と海 <ハク>



・・・・・けっ。やってらんねー。
見つめ合っちゃったりして、もう、『二人の世界』ってやつ。
も、ほっとこ。



リンはじめ、従業員達は半ばあきれ、半ば微笑みながらその場をひとり、ふたりと去って行った。

坊やカオナシはなんか言いたそうだったけれども・・・・・




* * * * *

「お呼びでしょうか、湯婆婆様」

翌日、ハクは女経営者の部屋に呼び出された。

「ふふふぅ。ゆうべのいろは歌のかるたね、早速商品化することにしたよ。とりあえず、限定300組ってことでね。ほら、これが収納用ケースの見本さ」

松、竹、梅と、3ランクに分けて値段を変えるのさ、と得意気な湯婆婆。
見ると、紙箱、桐箱、うるし塗りの金蒔絵の箱、と3通りのサンプルが、しっかり準備されている。


『あれ』を、、、土産物にするのか。。。。?
さすがに、相当恥ずかしい、ハク。
が、経営者の方針には逆らえない。


「・・・はあ。では、札書きをしかるべき書家に依頼すると致しましょう」
心当たりを思い浮かべる、帳場頭。
いろは47枚×300組。
相当な量だから、筆が速く、しかも腕の立つ者を何名も集めなければなるまい。
かなり日数もかかるだろう。
しかし、それなりに名の知れた書道家ということになると、、、、経費もかかるのだが。


「・・・まさかあんた、高名な筆の達人とか、そういうのに頼もうと思ってるんじゃないだろね?」
「そうできれば、それに越したことはありませんが。予算は、どのくらいで組めばよろしいのでしょう」
「不景気なんだよ、不景気。安く上げられりゃ、それに越したこと、ないだろ」
「それはそうですが・・・・それでは、少々暮らしに困ったお公家や武家あたりにでも内職させることにいたしましょうか」


湯婆婆は真っ赤になって怒った。
「安く上げる、って言ったろ? あんたの耳はふしあなかいっ????」
「は?」
「・・・・・ハク、あんたが書くんだよ。」
「はぁっ?!」
「ウチじゃ一番字が上手いんだ。当然さ」


い、いい加減にして欲しい。
そりゃあ、帳場を預かる身だから、経営状態くらい、知っている。
しかし、なにも、そこまで経費節減しなくても、、、、、、

いくら龍でも、体が持つわけがないではないか。


反論しようとする龍の子を制して。
「何も、ただで、とは言わないさ。ちゃんと見返りは用意するよ」
「見返り、とかそういう問題ではありません」
「センと二人で1泊2日の休暇をやろうじゃないか。」
「・・・・・やらせていただきます」


決まりだね、と高笑いする、魔女。

「あの。絵札のほうは、どうするのでしょうか」
かるたは、字札だけでは商品になど、ならない。
絵師のほうが、探すのは大変なはず。


「ふふふん。ちゃあんと手配してあるさ」


ぱち、と魔女が指を鳴らすと。

その場に、ぽわん、と一人の人間の娘が現われた。

快活そうな瞳に、才気あふれる口元の、愛らしい娘。
どうして自分がこんなところにいるのかと、けげんな顔。

手に、黒い仔猫を抱いている。
赤いリボンを首に巻かれたそれは、にゃあ? と不思議そうに鳴いた。


「適当な人材を見つけたのでね。神隠しして連れて来たのさ」

「あの〜〜〜? ここ、どこなんですか?? わたし、なんで、こんなとこに???」
人間の娘は、目の前の巨顔の魔女に尋ねる。

「悪いけど、あんたの真名は取り上げさせてもらったからね。あんたは今日から、『あも』だ。さ、文句いわずに、かるたの絵を描きな」

「えっ? ええっ????」

「そうそう、あんた、文も上手いんだし、かるたの箱の奥付文、ついでに頼むよ。」

「は、はぁっ??」

「頼りになる黒猫も一緒にこっちに連れて来てやったんだし、どぉってこと、ないだろうが。・・・色塗りできる才能のある猫なんて、ま、珍しいね。」

湯婆婆はけろりとして、続ける。
「・・・・なあに、かるたさえ、きちっと仕上げてくれりゃ契約終了、ちゃあんと元の世界に戻してやるさ」

「ええええーーーーーーーー!?」



事情がよく飲み込めないあも嬢の手を、ハクがぐい、と引っ張った。

「さあ。あも殿。くろねこ殿。参りましょう。」

「ああああ、あのーーーーーーーっ???????」





・・・・・・その晩、お茶と夜食を差し入れた千尋が見たものは。


嬉々として字札を書くハクと。

「なんでわたしがこんなことーーー!」
「にゃぁぁぁぁああーーーーーんん!」

と、ぼやきながらも、せっせと絵札を描く、あも嬢と仔猫さんでありました。
おしまい。



※作者注※
えーとですね。「あも」さまとは、この小説をリクエストしてくださった方です。
絵を描くことも文を書くこともとってもお上手でいらっしゃるので、
今回特別出演(強制労働?)していただきました。(^^)
あもさまは、「カナリヤ商會」というサイトを、
「くろねこ」さまと一緒に運営されていて、
あもさまの絵に、くろねこさまが彩色される、
という共同作品も数多くありますので、
くろねこさまにもご登場いただきました。

「カナリヤ商會」さまへは、リンク部屋から行けますので、ぜひ!

♪この壁紙はシシィさまよりいただきました♪



<INDEXへ> <小説部屋topへ> <あとがきへ>