***********************************
夜半(よわ)に香る月の光が御衣のうちからこぼれていますかのように。
かの姫はほんに美しく、かぐわしゅうございました。
年のあんばいもほどよい頃になりますと、
姫に想いを寄せるやんごとなき御方々が
館にあい競って集うようになりましたそうな。
***********************************
「リン。」
湯屋の慌ただしい食事時。
皆よりたまたま一呼吸はやめにどんぶり飯をかき込み終えた狐娘に、暖簾(のれん)の向こうから声がかかった。
声の主は、普段から何かと煙たい帳場頭。・・・・ではあるのだが。
いつもとはどことなく、勝手が違う。
「あ、はいー。なんすかー?」
「・・・・・その、・・・休憩中すまないが、・・・少しばかり、話が、したいのだが・・・・」
「はぁ」
もじもじと言葉を濁す少年上司。
日頃の高圧的な態度はどこへやら、妙に歯切れ悪く遠慮がち、そこはかとなく物腰丁寧。-----要するに、思いっきり挙動不審。
「差し支えなければ、こちらへ・・・来てくれまいか」
「・・・・なんでです? オレ何かヘマしました?」
「あ、いや、そうではなくて、・・・うん、多忙なら取り立てて今でなくても構わないのだが・・・・では、またあとにしようか、、、」
「いや、手っ取り早く済ましてくれるんならいいですけどー」
なんなんだコイツ、気色悪ぃ・・・・と口の中でつぶやきながらもリンは席を立つ。
後回しにして、またこんな調子狂う態度で何度も呼び出されるなんてまっぴらだし、何の話か知らないがさっさと済ましてしまわないと仕事中気になってしょうがないだろうし。
ほっとした様子の少年上司のあとについてゆくと、彼はあたりを気にしつつしつつ、人気の少ない従業員用階段下の、柱の影へと忍んで行く。
「・・・・ちょ・・・なんでこんなトコ連れ込むんすか?」
「人目のないところの方が都合がいい」
「変なコトしたらひっぱたきますよ?」
「----------せん!」
ともかくも、その狭っ暗い階段下に膝を寄せてしゃがみこみ、彼はぼそぼそと話を始める。
その内容を聞いて、リンはぽりぽり頭を掻いた。
「んーーーー。センがあっち帰ってから、かれこれ・・・」
「二年だ」
「アイツまだまだ子供ですよ?」
「そうだろうか。立派に嫁げる年だし子も産めると思うが」
「・・・・・いつの時代の話してんですか」
こーゆーの、『ぜねれーしょんぎゃっぷ』とか『時代錯誤』いう言葉でひとくくりにしちまっていいんだろーか、と、頭の中でぐるぐる悩んでいる狐娘を前に。
不審発言および不適切表現の自覚など、かけらもない様子の若い龍神。
実は数日前、湯屋常連のとある川の神が引退することになり、急遽そのあとがまにという幸運話がハクに転がり込んできた。
それはそれで、結構な話なのだが。
それにあたって妻帯したいと、彼は言うのだ。無論、意中の人間の娘と。
「も、もうちょっと先でもいいんじゃないかと、思いますけどー?」
「何を悠長な。善は急げと言うではないか。ぐずぐずしているうちに、悪い虫でもついたらどうする」
「・・・・・善、・・・・・・ねぇ・・・」
「まあ、めおととしての実質的なあれやこれやはともかくとして、形だけでも・・いや、約束を取り付けるだけでもいい」
------さりげなく言い方がやらしいというか、考えてるコトが微妙に親父くさいというか、そもそも悪い虫ってあんたのことじゃないのかとか思いながら。
それでも当の本人はいたって真剣に話しているし、『約束』だけというならまだ話も通るかもと、とりあえずリンは続きを聞くだけ聞いてやることにした。
「・・・そういう話を女に持ちかけるにはどうすれば一番よいのだろう?」
「うーん。こういう相談事はオレより釜爺とかのほうが・・・・・」
龍の子は小さくため息をついた。
「釜爺には、『その手の経験のある女に聞くほうが早い』と言われた」
「そりゃま、そうだけど。オレに話振られても」
恋愛経験のひとつもないとは言わないが、結婚を申し込まれたのどうのというとまた話が違う。
「オレなんかより、そーだなー・・・・・・」
頭の回転の速い狐娘は、その場ですばやく『その手の経験のある者』を人選しようとして、、、
速攻でやめた。
「ハ、ハク様よぅ、・・・・ココで結婚経験のありそうな女っつーと」
「・・・・・・・」
「・・・・ひとりしかいないよな?」
二人の脳裏にとある女性の姿が浮かぶ。
・・・・髪を高く結い上げて、山盛りの宝石で身を飾るのが大好きで、詳しいことはあまり知りたくもないが、とりあえず溺愛中の一人息子という既成事実を持つ、『例の』彼女。
「相談・・・したのか?」
「・・・・いや、、さすがにそれは」
「だろうな」
「うむ・・・」
はぁ・・・・と、同時に漏れた彼らのため息が、綺麗にハモる。
「じゃさ、恋愛経験豊富な大湯女の姐さんとかには?」
「・・・・」
「なんだよ」
「話しては、みたのだが」
「ほー。そしたら?」
「『きゃ〜〜〜っっっハクさまってば色気づいちゃって〜〜〜〜vvv』・・・・・と、言われた」
「・・・・・。・・・・・それだけか?」
「『んもう、やだぁぁぁあ〜〜〜〜〜〜みんな聞いて聞いて聞いて〜〜〜!!』・・・・・・・・・と、皆の前に引きずり出されて」
「引きずり出されて?」
「・・・お、・・・・・・・・玩具にされた・・・」
「・・・・・はあ・・・・・・そりゃ、・・・災難、だったな・・・・・」
「・・・・うむ・・・」
だったら、こんな怪しげな場所でこそこそ話さなくたって、この件が姐さん連中から湯屋中もれなくくまなく惜しみなく広まるのは時間の問題じゃないかとは思うけれど。
唇を噛んでうつむく少年上司に、少々同情しないでもない、リン。
もともと姉貴肌の彼女は、頼られると弱い。
しょんぼり膝を抱えている、年若な龍の子を見ていると、まるで出来の悪い弟を慰めてやっているような気分になってきて。
助けてやりたいようなもっといじめてやりたいような手を差し伸べてやりたいような蹴落としてやりたいような頭撫でてやりたいような横っ面張り倒して関節技固めてシメ上・・・
・・・・まあ、そんな、えもいわれぬ複雑な感情がふつふつと湧いてきて。
彼女は、ぽんと勢いよく手を打った。
「よぉし分かった! ここはオレが一肌脱いでやろうじゃないか!!」
「よい案があるのか?!」
「おう!まかしときな!」
ぱあっと顔を上げたハクの目の前に、リンはびしっと指を三本突き立てる。
「こういう時の『お約束』は3つ!」
「う、うむ」
「ひとーつ!」
「ひとつ?」
「『女の子はイベントが好き!』」
「い、いべんと?」
「そ。『くりすます』でも『誕生日』でもなんでもいいから、気分盛り上がりそーな非日常的な場面設定を利用する!」
「非日常的で気分が盛り上がりそうな・・・・では、来週の夏祭りなど、どうだろう?」
それは、折よく開かれる予定の、不思議の街の夏の風物詩。
屋台が出たり芝居小屋が立ったりで、大雑把に言ってその様子は、人間の世界のそれと大差ない。
違うと言えば、綿飴巻いたりタコ焼き焼いたりしているのが、人間ではなく蛙だったりぬーっとした黒い影だったりすることくらいか。
求婚の舞台にしては、少々ちゃっちい気がしないでもないが、ないよりましか。
「まあ・・・・そだな。とりあえず誘ってみてだな」
「うむ」
「お約束その2ーーー!! 『女の子は贈り物に弱い!』」
「贈り物、・・・なるほど」
「せこいことするなよ。必要経費だからな」
「無論」
「給料3か月分つぎ込む覚悟でやれ!」
「ふむ。手取りか税込みか」
「・・・・・・。 て、手取りで、、いんじゃないか・・・・・?」
そうかと肯き、懐からおもむろに給与明細の束を取り出すと、そろばんで何やらぱちぱちと計算を始める少年帳場頭。
「端数は四捨五入でよいのか?」
「・・・・き、切り上げろよ・・・」
「わかった」
思わず二、三歩引いてしまいそうになったリンだが、気を取り直して話を続けることにする。
「お、お約束その3ーーー!!」
「うむ!」
「『申し込む時は公衆の面前で!!』」
「・・・・・・・は?」
少年の手からぽろりとそろばんが。
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえたが・・・それは、・・どうだろう? 普通、そういう話は二人きりの時の方がよいのではないのか?」
少年の問いに、ふっふっふと指を振るリン。
「甘いね。『普通』じゃあ、弱い弱い」
「しかし、・・・・・そんな、皆の前でそのようなことを言ったりすると、若い娘は恥ずかしがってしまうのでは」
「違うって。そういう『しねま』や『どらま』みたいな『しちゅえーしょん』に女はくらっと来るものなんだってば。人前じゃ断りにくいしさ」
「そ、、、そう、、、、なのか? そんなもの・・・なのか?」
「そうさ!」
「ふむ! そうか!」
「オレも『ギャラリー』として協力するからな! がんばれっ!」
「うむ! よろしく頼む!」
<かぐやひめ(2)「幕あけの段」へ>
<INDEXへ> <小説部屋トップへ> <たからものの部屋へ>