紙芝居

「かぐやひめ(2)」


                                     <幕あけの段>




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姫に想いを寄せる貴き方々は。
お文に贈り物にと、それはそれはお心砕かれたそうにございます。

ところが姫は、どのように巧みに詠まれた歌にも
どれほど美しく染められた衣にも
お気持ち動かされるご様子がございません。


困り果てた公達は、お尋ねになりました。



「いったい姫は何をお望みです?」



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『おさそいどうもありがとう。おめかしして、いくからね』




ハチドリに持たせた文(ふみ)の返事には、そうしたためてあった。

期待に胸躍らせて指折り数えて待った夏祭り。



「あ! ハクーーー!!!」


波止場に立つ龍の子の姿を見つけ、フェリーの甲板から手を振る少女。
その愛らしい浴衣姿に、ハクは目を細めて手を振り返した。



雨上がり、ほどよくうるおう夕あかりの中に浮かび上がる不思議の街のメインストリート。

普段なら何やらいかがわしげに見えなくもない食べ物の数々を商っている店も、この日はみな趣向を変える。

店先に張り出し屋根を取り付けて、そこここに祭提灯を吊るし。
店番をする者たちは法被(はっぴ)にきりりと鉢巻姿といういでたちで、香ばしい匂いのする食べ物を焼いたり、小物を売ったりなどしていた。

言ってみれば、これは湯屋主催の夏のイベントのようなもので、馴染みの客と腕を組んで通りを冷やかし歩く大湯女もいれば、露店の前に座り込んで品定めをする非番の女たちもいる。





「わあー! いろんなものがあるねー!!」




朱地に大輪の夏花を注染(そそぎぞめ)に散らした浴衣という装いの千尋。
あまり襟も抜かずきっちりと着付けた立ち姿が、かえって娘らしい華やかさと清潔感を引き立てており、たいそう好もしい。
髪には浴衣の柄あいに揃えた明るいからし色のりぼん、萌葱の帯は小振りな花文庫。
その帯背に、入り口で配られた団扇をぴょこんと挟んだ後姿も可愛らしく。

連れ立つ龍神の少年も普段着の水干とは趣を変え、灰味の強い青に濃染めしたしじら織りの浴衣を涼しげに着こなし、二人並ぶと贔屓目ぬきでなかなかに似つかわしい。




「人が多いからね。はぐれないよう、手を・・・」


彼の数歩前へと小走りにはしゃぐ千尋に向かって、微笑みとともに差し出そうとされた、龍神のしなやかなてのひら。
-------を、ぴしゃりとはたく狐娘の平手。



「なっ、なにをする!? リン!」

「しょっぱなからそんな下心みえみえなコトして、情けないったら」

「下心など!」

「あるからこそ誘ったんでしょうが。それよりちゃんと考えたんですかー?」

「何を」

「給料三か月分の贈り物」



ああ、とハクはうなずいた。



「実用的なものがいいと思って」

「実用的・・・・うーん。。。例えば?」


求婚の贈り物の定番としては指輪とかそういうものだけれど、、、まあ、『実用的』にもいろいろあるしと思い、リンは続きを促す。


「これなど、どうだろう」


ハクは浴衣の懐からおもむろに分厚いカタログを取り出し、とあるページを指し示す。


「・・・・どれだって・・・?」

「この、鶴亀松竹梅の織り紋様もめでたげな、『婚礼布団』一式セッ・・・」

「却下。」





なぜなのだ、高級羽毛を使った確かな品だし由緒ある店のものだぞ、とか、どこの世界に布団もらって喜ぶ十二歳の女子小学生がいるかー!とか、ぎゃいぎゃい言い争っている二人のもとに、千尋がひょこひょこと戻ってくる。



「ねえねえ二人仲良く何してるのー? 向こうのお店、みんなで見にいこうよー」



いつの間に合流したのか、白仮面黒装束男と、ふくふくした子ネズミと、そのお付きのハエドリまで連れて、にっこり満面笑顔の人間の少女。

あっちにおいしそうなものとかいっぱい売ってるよー?などと袖を引かれ、なんとなく龍VS狐の言い争いはうやむやになってしまう。




売り込みの掛け声も賑やかな通りを皆でそぞろ歩きながら、リンはハクにこっそり耳打ちしてやる。

「あのなぁ・・・・悪いこと言わないから、布団はやめとけ」

「しかし」

「普通はな、身を飾るものとかを贈ってやるもんだって」

「身を飾る・・・?」

「さりげなく、本人に好みとか聞いてみろよ」

「・・・そうか・・・」

「あくまでも『さりげなく』、な?」

「わかった。さりげなく、だな」



羽毛婚礼布団一式セットにまだかなりの未練を残しているのが伺われる語尾ではあるが、彼はとりあえずアドバイザー・リンの意見に従うことにしたらしい。

ほっとして見守る狐娘の目の前で、ハクはすいと歩みを速め、前方で坊ネズミやカオナシたちと楽しげに露店を覗き込む千尋に追いつくと、こう切り出した。





「ときに千尋、そなたはどんなものを贈られるのが好きなのか?」






・・・さりげなく、って言ったろーがーーーっっっっ!!!




ふるふるとげんこつを握り締めて頭痛をこらえるリンの隣で、振り返った千尋はごく素直に答える。




「わたし、このいちご味のが好き」

「は?」

「ハクがおごってくれるの? ありがとー!!」



見ると、彼女らは露店の駄菓子売り場で品定めをしていた最中らしく。


「あ、、、むろん、そのくらいかまわないが、そういう物ではなくもう少し値打ちのある、給料三か月分ほどの、」

「え?」

「たとえばだね、婚礼布団いっし・・・」



ぼこっ。







「どしたの、ハク?」

「・・・・いや、なんでもない」


後頭部をさすりながらハクが顔を上げると、その目の前では、


「ち〜〜〜うちうちうちぃ〜〜〜〜うv」
坊ネズミが大喜びではちみつ色のべっこう飴を抱え上げ、

「アッ・・・・ア・・ッ・・・v」
カオナシがミックスキャンディー袋詰を握り締め、

「・・・・・・・v」
ハエドリまでが遠慮がちにではあるが嬉しそうにオレンジフレーバーのロリポップを咥えている。



「な・・・なんなのだ、そなたら?」




さらにそこへ、耳ざとく割り込んできた女たちの一群。


「わー!ハク様がおごってくれるってー?? じゃ、あたしこれー!」
「給料三か月分の大判振る舞いだってー!」
「きゃーハク様ってば、気前いいー!」
「あたしはこっちのー」
「お好み焼きに焼きそばに鳥のから揚げにフライドポテトと、あ、生ビールもつけてもらって、いいですよねー?」
「じゃ、あたし焼きイカとフランクフルトとかき氷とりんご飴と大判焼きー! あ、ヨーヨー釣りと金魚掬いもしたいなーーっと!」
「みんなみんなー!ハクさまのおごりだよー!おいでおいでー!」




















「まいどありー」







無表情に店番の蛙男から釣銭を受け取る龍の少年。


を、リンがフォローする。

「・・・必要経費、必要経費。投資だと思いなって。・・・・・うん、美味いな、これ」



特大の綿菓子をぺろりと平らげている狐娘を横目に、小さなためいきをついた龍の少年だったが、ここでくじけてしまっては元も子もない。

気力を奮い起こし、少しレトロなパッケージのいちごキャラメルをもぐもぐ頬張っている千尋に、再び話の矛先を向ける。





「あのね、千尋。実は私は近々そちらへ帰ることになってね」

「え?本当!? 琥珀川、元にもどるの?」

「あ、いや、そうではないのだけど。別の川を預かることになって」

「でも、また川の主に戻れるのね? よかったね、おめでとう!!」

「うん、ありがとう。・・・・・そこでだね、私も、そのう、人並みに、・・・何と言うか、つまり、、、ええと、」



歩きながら、二人と一行は様々なお面を並べてある出店の前を通りかかり、そこでふと千尋が足を止めた。
そして、何をか思い出したかのように、傍らの龍神に問いかける。



「ねえハク? わたし、前にお湯屋にいたとき、川のかみさまのお世話をしたことがあるんだけど」

「え? ああ、うん」

彼はあいにくその場に居合わせなかったが、その時の千尋の活躍ぶりは今でも油屋の語り草になっている。


「そのかみさまね、お面をつけてらしたの。おじいさんのお顔みたいな」

「ああ」

「他のかみさまもね、模様を書いた紙とか、かぶりものとかでお顔をかくしてるひと、多かったんだけど・・・どうして?」



前から聞きたかったの、と言う千尋に。
どう説明したものかと、少し悩む龍の少年。



「うーん。つまりね、『お忍び』だから」

「おしのび?」

「そう。湯屋という場所に来るのをおおっぴらにしたくない神もいるから。ある程度地位のある神だと、顔や素性を隠して遊びに来ることが多いんだよ」



金で湯女を買うことは別に罪になる訳ではないのだが、体面が悪いと感じる神がいることも確かで。

ふうん、と、わかったようなわからないような返事をする少女から、これ以上突っ込んだ質問が来ると困るなとハクが思っていると。



千尋は何を思ったのか、ついっと傍らの店に入り、店番の蛙と何やら楽しそうなやり取りをした後、彼女の世界で今人気があるのだろうと思われるキャラクターの面をひとつ握り締めて戻って来た。



「はい、プレゼント! 川の主さまにカムバックするお祝い!」

「え? あ、ああ、ありがとう」



祝いの品だというなら喜んで受け取るが、なぜ面を? と思いながら龍神が少女の顔を覗き込むと、彼女はにこにこと話し出す。




「ハクもお面いるようになるでしょう? 油屋にあそびに来る時」

「・・・えっ」

「これがいちばん似合うと思うの」


少女は龍神の頭に某キャラクター(←注:アンパンマ○、ピカチ○ウ、ハム○郎等お好きなキャラクターをご想像ください) の面を、それはそれは嬉しそうに載せようとする。
それに抵抗することもできず、彼はおろおろと言い澱む。


「な、何を言うんだ千尋、そなたという者がありながら、私が湯女遊びなどするとでも、、、」



とその時。


「ちょっとみんな聞いた〜〜?? ハク様がアソビに来てくださるときは、このお面が目印だって〜〜!!」


周りにたむろしていた大湯女達が一斉に黄色い声を上げて、彼を取り囲んだ。


きゃ〜〜〜っv あたしたちサービスしちゃうわよ〜〜〜っっ」
「な、なにをするっ!」
指名よろしくねっv」
「ははははなせっはなさぬかーーーーっっ!!」
「ほほほっ♪たぁんとお世話してあげるっ」

「こらっいいかげんにしな・・」
「なぁんにも心配いらないわよぉ〜あたしたちプロなんだしぃ」
「や、やめ・・・・・・・・っ」
「も〜〜っかわい〜〜〜〜っ!!照れなくってもいいのよ〜〜〜〜〜っっ!!」
























「・・・・・・・・・・・いこ。セン」

「え?ハクほっといていいの?リンさん」

「女難からの救出は約束外だからな。面倒見きれねー」

「でも・・・」

「いいってば。先に向こう行ってよーぜ」







某キャラクターの面を付け、湯女達にもみくちゃにされる帳場頭の足元には。

高級羽毛婚礼布団セットのカタログがぴらぴらと風にめくられながら、むなしく転がっていた。




所々のページに付箋や赤鉛筆のマル印などついていたりしたようだが。
通販の申込用ハガキには住所氏名電話番号クレジットカードの番号なども書き込まれてあったようだが。


祭見物に浮かれる客たちの雑踏に紛れ、いつしかそれは行方知れずになってしまったという。





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