紙芝居

「かぐやひめ(3)」


                                     <幕中の段>




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言い寄る高貴な殿方に。
姫はこう申しましたそうな。



『わたくしに妻問いしたいと仰るのなら。
そのお気持ちのしるしを、いただきとうございます』



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「リンさん。ハク、だいじょうぶかなぁ。。。」

波止場に並んで腰掛けて、足をぶらんぶらんさせている人間の子と狐の娘と黒い男と子ネズミとお付きの小鳥。


「心配いらないって。姐さんたちだって、『手加減』するさ」

「てかげん?」

「そ。それにアイツだって一応男なんだしー。自分の貞操くらい自分で守るさ」

「あの・・・『ていそー』ってなに?」

「んー。要するに、好きな女に義理を立てるってトコかな」

「ふぅん?・・・・で、だれに『義理』を立てるの?」

「。。。。。。。。。。。。。」



つぶらな瞳をきょとんとさせている妹分をちらりと見て、ため息をつくリン。
求婚の贈り物にいきなり布団、という超先走り思考もどうかと思うが、ここまで鈍いのもまたどうかと思う。

求婚する者とされようとしている者との間にここまで意識の隔たりというか、温度差があって本当に大丈夫なんだろうか。

この調子では、どんなに張り込んだ贈り物をしようが、「わーい!ありがとー!」で済まされてしまうのではないだろうか。
どんなに気の利いた妻問いの言葉を囁かれようが、「で、それなあに??」で済まされてしまうのではないだろうか。


少年上司の前途多難さに、多少同情しなくもなかったりする狐娘だった。







波止場から海を眺めると、満天の星影がくまなく波間に散って、青く揺れている。
その水面が時折さざさざと波立って光るのは、魚でも群れているためか。


夜空の暗みはほどよく深く、海の紺(あお)みはやわらかく、時折打ち寄せる波音が耳に優しい。




求婚の場面としてはもってこいの状況設定だというのに、肝心のヤローの方はなにやってんだと、リンが背後を振り返ると。



そこに、・・・ぼろぼろの龍神がいた。




「・・・・あ。おかえり、ハク様。・・またずいぶんと、いたぶられたようで」

「い、・・いたぶられた訳ではない!」

「『可愛がられ』た?」

「・・・リン・・・言葉というものに気をつけ・・」

「あ?違う? そっか、『もてあそばれ』------- 」

「・・・・リン!!!」




と、今にも狐に食いつかんばかりの龍の胸に、泣きそうな顔の千尋が飛び込んだ。



「ハク!!! ああ、こんなに怪我して! きものも、こんなに破れて・・!!! ごめんね、置いていったりして・・・だいじょうぶ???」



少女は少年におろおろと取りすがる。


「あ、・・うん、平気だよ」


格好悪いことこの上ない姿だが、親身に心配されて悪い気はしない龍の子。



「ほんとにほんとに、だいじょうぶ? 痛くない??」

「大丈夫だよ」

「『ていそー』守れた??」

「・・・・っっ!?!?」



ハクは思わずぎょっとして、隣のリンを睨む。



「・・・・・リン。そなた千尋にいったい何を吹き込んだ?」

「別にー?」

「先刻から一度聞きたいと思っていたのだが、そなた、協力しようとしてくれているのか、邪魔しようとしているのか、一体どちらだ?」

「協力に決まってるでしょうが。可愛い弟分のためなんだし」

「お・・・・おとう・・・と・・?・・・」



わなわなと頬と震わせる少年を前に、狐娘はしらっと言ってのける。



「妹分のムコになろうってんだから当然『』。何か不満でもー?」

「・・・・っっ」



いろいろな意味でいまいち納得いかなくもないが、ムコのひとことに、思わず口から出そうになる言葉を飲み込んでしまう、ハク。




「それよりほら、この最高に『ろまんてぃっく』な『しちゅえーしょん』。無駄にしていいんですかー?」



そう言われて、はたと自分の置かれている状況を冷静に振り返ってみるハク。









星光りを含んで、碧く遠鳴る潮騒。
自分を案じて涙目でしがみついてくれている少女と。
彼女を優しく抱擁している自分。










・・・・確かに。




三拍子揃っているではないか!





俄然、やる気を起こす龍の少年。
真横できっちり目を光らせている若干名のギャラリーが少々目障りではあるけれども。



「ねえ、千尋?」


ハクは海風のここちよい水際に、千尋をいざなって腰掛ける。
もれなく脇を固めてくっついてくる若干名のギャラリーがかなり邪魔ではあるけれども。



「実は、今宵はそなたに大事な話があって」


さりげなく少女の肩に手を回し、雰囲気を盛り上げようとしたところ。
しぱっ!と派手な音を立てて、若干名のギャラリーに振り払われたけれども。


めげずにハクは話を続ける。



「あのね千尋、真面目に聞いて欲しいのだけど」




波止場に横一列、向かって左から順にリン、千尋、ハク、カオナシ、その肩(?)に坊ネズミとハチドリ、とぴったり隙間なく座っているさまは。

求婚の場面というよりは、おしくらまんじゅうに近いかもしれなかったが。



それでも頑張る、龍神の子。





「私はね、今度川を持つことになるにあたって、そなたと所帯を-----」

「あっっ!!!!!」




突然千尋が、沖あいを指差してすっとんきょうな声を上げた。


「な、なに、千尋?」

「今の見た?? ねえねえ、今の!!」

「え?」

「ほら、また!!!」



見ると、星のまたたきを映した海のおもてを蹴って、ざうん!と何かが跳ねた。
ああ、あれか?、と妹分を振り返る狐娘。



「セン、ありゃただの魚だろー? 珍しくもねーじゃん」

「違うよ、リンさん、ほら、、、!」




人間の子が指差す先で、またほっそりとした影が水面を高く跳ねた。


紫紺の夜空のいろを映して光る濡れた鱗。
透明な波の滴をほたたらせて銀色にしなる鰭(ひれ)。

まろやかなむきだしの肩から白い背に流れる、たっぷりとした髪。
ほそくくびれた腰にしなやかな両椀。

そう、それは、若く美しい女の姿の上半身をもつ、水の生き物。



「人魚・・・・だよね・・・?」



目を丸くする人間の子。
を、怪訝な眼差しで見る、狐娘。


「あれ。センは初めて見るのか?」

「うん。・・・綺麗だねぇ・・・」

「ああ、今のは美人だったな」



人魚は、群れをなして楽しげに波間にあそんでいる。

さあっと雲をはらった風の向こうから満月が顔を出し。
夜の海の美しさを一身にうつしとったかのような、妖しのいきものたちの姿をくっきりと照らし出す。



「わあ・・・っ・・人魚さんたちって、ほんとにきれいな女の子ばかりだねぇ・・・」

「まあ、確かにな」

「髪なんかきらきらのストレートだし、目の色はなんていうのかな、ほら、海の中から見たお月様みたいな色だし、お鼻もすっと高くてギリシャ彫刻みたいだし、おさかなしっぽはスワロフスキービーズ散りばめたタイトなドレスみたいだし・・・!」

「へ? すわ・・なんだそれ?」

「宝石よりもきれいなんだよー。指輪持ってるから、今度見せてあげるね!」



美しいものの話で盛り上がっている、女の子同士の会話の中に。



「でもね、千尋」


龍の少年も割って入る。







「人魚を千匹あつめたよりも、そなたのほうが、美しいと思う」






「・・・・・・・・・え。」






突然の直球決めぜりふの意味を理解できず、目をまんまるにしてかたまる人間の子。

ギャラリーからちゃちゃが入るより先にと、龍神は素早くたたみかけた。



「つまりね、私はそなたが好きだから、嫁御に欲しいと思うんだ」


「・・・・・・・・え・・・・っ?????」





ここまであっさり言ってのけるとは思っていなかった狐娘は突っ込みを入れるタイミングを完全に見失う。

その間にと言わんばかりに、龍の少年は懸命に訴える。




「嫌だろうか? 私ではだめだろうか?」

「そ、・・・そうじゃないけど、、、、」

「では、よいのだね? 祝言はいつがいい? 結納は何がいいだろう?」

「ちょ、ちょっと待って、ハク」

「うん、その前にご両親にご挨拶に伺わねば。ええと、次の吉日はあさってだったね。では早速」

「えええええ〜〜〜〜〜〜〜〜っ?!?!?!」



動転している人間の少女相手に、龍神はさらに押す。
隣の黒いギャラリーその1があぅあぅと横から圧力をかけて抗議している模様だがこの際無視して、とにかく、押す。
何やらちぅちぅとやかましいギャラリーその2とそのお付きなど、もちろん度外視、ひたすら、押す。
一番やっかいな口うるさいギャラリーその3があっけに取られている間に、一気に押す。



「ああああのっ、、、、ねえ、ハク、人魚さんの話から、どうして急にお嫁さんとかの話に、なるのっ??」

「人魚達はね、元の世界では魚だったのだよ」

「ええと、それで?」

「私の川にも、毎年多くの魚たちが産卵に上ってきたものだ」

「は、はあ・・・」

「魚の雄たちは、命がけで雌に求婚するのだよ」

「・・・?????」

「私だって、魚に負けはしないつもりだ。そなたのためなら命だって賭けるし、そなたが望むのなら、どんなものだって手に入れてあげよう」

「あ、あの〜〜〜〜〜???????」

「何も今すぐ卵を産んでくれと言っているわけではない。約束だけでもよいのだから」

「たっ、たまごっ?!」

「はい、と言ってくれるね?」

「ハク〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」



・・・・・どういう理論展開をしているんだと突っ込むより先に、龍の卵って鮭のスジコみたいなやつなんだろうか、うまそうだなぁと、本能的に想像してしまう狐。

に、千尋は助け舟を求める。




「リンさぁん、、、、ど、どうしよ、、、」

「どうしよ、って言われても、、、、」


どう返事してやったものか計りかねているリンに、ハクも猛然と詰め寄る。


「リン? 私の言っていることは、どこかおかしいか?」

「いや、おかしいかどうかとかいうレベルじゃなくってさぁ、、」

「では、不誠実なのか?」

「や、そんなことはないけど」

「私は、この上なく真剣なのだ」

「そ、それはわかってるって」




しゃあねぇな、と観念する狐娘。
言ってることはむちゃくちゃだが、ずれてるなりに彼が一生懸命なのはわかる。

援護射撃のひとつもしてやるか、と。




「あのさあ、セン」

「うん?」

「おまえさ、向こうに好きな人間の男とかって、いるのか?」

「えっ・・・・い、いないけど」



ぐ、と握りこぶしに力を入れる、龍神。



「じゃ、このハク様のことは?」

「・・・・え・・・と・・・」

「すきかきらいかの二者択一でいったら、どっちだ?」



ぐぐ、と、さらに握りこぶしに力を入れる龍神。



「す、すき・・・だよ・・・??」

「じゃさ、『前向きに検討』してやったらどうだ?」

「・・・・『前向き』に・・・・・? ・・・うん・・・そうだね、そのくらいなら・・・」

「そか」



ほれ、よかったな、と龍神の方を振り返ると。

感動で目をうるませつつ、彼は付箋をびっしり貼った『高級婚礼布団一式カタログ』をひしと握り締めていたので。


狐娘はとりあえず、すこーんと一発決めて、そのカタログを海の藻屑とする。





「な、何をするっ!!!!」

「てめぇなぁ! 人がせっかくいいムードまで引っ張ってやったってーのに、自分で台無しにしてどーーーーすんだよぉっっっ!!!!!」

「何がだ! いつ私が台無しになどした!?!」



思わずもう一発決めてやろうかとした時。

それを止めたのは、意外にもカオナシだった。




「・・・・・アッ・・・アッ・・・・・・」

「・・・なんだよ、なんであんたが邪魔すんだよ?」

「アッ・・・ア・・」

彼はなにやら一生懸命に、海のある方向を指し示している。
皆がそちらに目を凝らすと。

さきほど話題になっていた人魚の群れが、わさわさとこちらに向かって来ている。










なんだろうと立ち上がったハクの首根っこに。





いきなり群れの中から一匹の人魚が踊り出てきて抱きついて。そして何やら叫んだ。






「・・お・・、・・・さ、ま〜〜っ!!」










「・・・・・は?」











海の中の人魚たちも、一斉に叫んだ。








「「「おとうさま〜〜っ!!」」」






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