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<<<夜伽ばなし 其の三 "啄木鳥(きつつき)">>> 第一夜

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深ぁい森の中にな。

啄木鳥(きつつき)と雀(すずめ)の姉妹がおったんだが。



気の毒に、かかさまの危篤の文(しらせ)を受け取って。



お歯黒直しもそこそこに

泣きながら駆けつけた下の娘は。

かかさまの死に目に会えたとな。



着物に、簪(かんざし)、紅、白粉。

拵(こしら)えに手間隙かけておった姉娘はな。



・・・・・間に合わんかったって。




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「ええええーーーーーっ! 坊が『おこもり』ーーーーーーーーーっ!?」

「しぃーーーーっ!! おっきな声出さないでってば、リン!」

油屋の小湯女達の、食事時。まかない部屋。

飛び交う噂話。
女達の情報網は侮れない。

「ちょっと、詳しく聞かせておくれよ」
「このところ、坊がぴたっと姿を見せなくなったろ? あんだけちょろちょろしてたのにさ」
「そういえば・・」

天照大御神様の一件以来、坊はちょっと聞き分けがよくなった。
めったやたらと従業員たちの仕事の邪魔をするようなことはなくなってきたし、時折、ハクに手習いの手ほどきを受けている姿も見かけるようになった。
ネズミの姿のまま、言葉をしゃべる練習を大まじめでしている姿も。
まあ、悪いことじゃなし、従業員達はそれ以上気にも止めてはいなかったのだが。

その坊が、ここ2、3日ぷっつり姿を見せない。

父役が用事で湯婆婆の部屋に上がったときにも、子供部屋からはその気配は全くしなかったという。

「でもさ、湯婆婆様は別に心配してるふうでもないしさ。変だと思わないかい??」
確かに。もし、坊がいなくなったとか、そういうことだったとしたら、あの過保護の塊が大騒ぎしないはずがない。

だが、湯婆婆はどちらかというと、最近機嫌が良いのだ。

どうなってんだ?

「でね、きのうフナが湯婆婆様の部屋、掃除しに行ったとき・・・・『見た』んだって!!!!!」
「何を?!」
「子供部屋に、・・・・ばかでかい薄茶色のミミズの張り子みたいなのが丸くなってて、動かないのに時々かさかさって音を立ててたんだって!」
「それって・・・・・」

小湯女のトロはここぞとばかりに決めぜりふ!
「こないだのハク様の『ころもがえ』と同じなんだよーーーーー!!!!」

えーーーとか、ぎゃーーーとか、やだーーーーとか言う、女達の声がこだまする。


同じかどうかは、ちょっと微妙だが。

それでも、『脱皮』するような者は、限られている。
蛇とか。龍とか。あるいはその血を引くものとか。

前々から、坊の父親が誰かというのは、油屋七不思議のひとつだったのだが。
皆の想像が、あまり考えたくない一つの方向に向かったとき・・・

「いつまで油を売っている! 休憩時間はとうに過ぎているぞ!」
暖簾をぐいと押し上げ、厳しい声音で渇(かつ)を入れに来た麗しき帳場頭。

に、向かって。
一同の視線がじいーーーーーと集中する。

「な、何なのだ??」


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「じゃ。テキスト76ページ。鈴田、読んでみろ」

がたん、と音を立てて、指名された長身の少女が立ち上がる。

「All the instruments above have the round back characteristic of the lute, the instruments with…………」

グロス入りの大人っぽいリップカラーを塗った、形のよい唇から、よどみなく流れる美しい発音。

千尋はうっとりと聞きほれていた。

「…before these agreements there was a confusing variety of piches, …」

きーんこーんかーんこーん。
授業終了のチャイム。
あ、残念。もっと聞いていたかったのにな。


教科書をぱたぱたと片付けている隣席の女生徒に、千尋は話し掛ける。
「鈴田さんって、英語うまいよね。すっごく発音とかきれいで、外人さんみたい」

「ふっふ。そうか?? 英語だけは、がんばってんだ、オレ」
ちょっと照れくさそうに笑う。

「通訳さんとか、ニュースキャスターさんとかになりたいとか?」
「違うよ。オレはさ。」

他のヤツには、言うなよ。そう前置きして。
ばさ、と外国のファッション雑誌を開いて見せた。
海の向こうの摩天楼をバックにポーズを取る、美しい女性の写真。

「オレ、いつかここへ行くんだ。こんなちっぽけな国、絶対飛び出してやる」

そして、千尋に耳打ちする。
「オレはさ、モデルに・・・海外でばりばり稼ぐ、トップモデルに・・なりたいんだ。だから、英語ぐらいできなきゃな」
鈴田は放課後になると、いつもあっという間に姿を消す。
実は、ダンスだの、ウォーキングだののレッスンを受けに行っているという。

「えーーー!すごい!!!」
千尋は目を丸くした。
同い年であるこの少女は。
もう、確固とした将来の目標を持ち、それに向かって努力邁進しているのだ。

「うんうん、鈴田さんだったら、絶対なれるよ! 美人だし、背だって高くて、スタイルいいもん!」

鈴田は、にっと笑った。

実際この少女は、容姿に恵まれているだけでなく、センスもいい。
さりげなく流行を取り入れたリップカラーや、髪型、制服の微妙な着崩しかた、など、校則に触れないぎりぎりのラインで、うまく自己主張をしている。
それに、男勝りの彼女の性格は、モデルという職業には向いているキャラクターかもしれない。

千尋は、鈴田が広げた雑誌にまじまじと見入る。

「いつもなら・・こんな雑誌、教室で広げてたら、真っ先に河野のヤローにチクられるとこだけどさ」

「あ。そういえば、河野くん、今日もお休みだね」
数日前の日食観測のときに借りたサングラスをまだ返せていないのだ。

「忌引きなんだってさ」
「え? そうだったの? 誰が亡くなったんだろ・・」
「さあなぁ・・」
身内の人が亡くなったとは、知らなかった。
隣家に喪章とかが、かかっていたわけでもなかったし。
でも、こんなに何日も休んでいるってことは、かなり血縁の近い人が亡くなったっていうことなんだろうか。


 * * *


千尋は夕食後、皿洗いを手伝いながら母親に尋ねてみた。
「ねえ、おとなり、お葬式とかなかったよね?」

「・・・あんた、誰かから何か聞いたの?」
「何かって? 河野くん、忌引きでずっと学校休んでるから」
「あのね、そんな話、子供があまりしちゃだめよ」

悠子がご近所から聞いた話では。
なんでも、何年か前から行方知れず状態だった、河野少年の父親がどこかで亡くなったということらしい。
「何か複雑な事情があるみたいだから、うかつにぺらぺらしゃべったりしないのよ」

釘をさされた。

「はぁい・・・」





部屋に戻った千尋は。
返しそびれているサングラスを指でぷらぷらと玩びながら、窓の外に目をやる。
「もうじき雨、やんじゃうなぁ・・・」


窓の向こうには。
千尋の家の何倍もの敷地がありそうな、古風なお屋敷。
お隣なんだから、借り物を直接家へ返しに行くほうがいいかとも思ったのだが。
なんとなく、入りにくい構えのどっしりとした邸宅なので気後れしていたところに。
あんな話を聞くと、よけいに行きにくいような気がしてくる。

「でも、忘れないうちに返さないと・・・」




かたん。


あ。


振り向くと。
そこに大好きな龍の若者が。

「ハクー!」

その水干の背に、白い人のような形をした紙が、ぺた、とへばりついていたのだが、
二人とも、それには気づいていない。


つい、習慣で、嬉しそうに両手を差し伸べる、少女。
もう、姿は見えているのだけど。


「・・・・・・」

あれ?
なんで、手、握ってくれないんだろ?

「ハク?」
なんか、いつもより、不機嫌? 珍しいなぁ・・・


「千尋。」
少し低い声。

「私の目の前に、そういうものを出さないで欲しい。」


「え?」
そういうもの、って。
えっと。

「これのこと?」
手にはまだ、例のサングラスがあったが。これがどうかしたのだろうか。

「・・・・・」
ハクは、ふい、と視線を背ける。
そこまで言わせるな、とでも言いたそうな横顔。

「言ってくれなきゃ、わかんないじゃない。何拗ねてるの?!」
じれったい。
千尋は少し腹が立ってきた。
せっかく会えたのに、どうしてそんな態度を取るのか。

「ハクの、意地悪ーー!!」

とうとう、千尋がべそをかきかけて。
ハクが、しまった、と思ったとき。


「やぁれやれ。喧嘩するほど何とやら、とは言うけどね。こんなくだらない事で可愛いガールフレンド泣かせてどうするのさ。」

龍ってのは、いつまでたっても進歩がないねぇ、などとつぶやく声が聞こえたかと思うと。

ハクの背中にくっついていた人の形の紙がひらりと床に舞い降り、そこから、ぽわん、と半透明の魔女の姿が現れた。


「銭おばあちゃんーー!!」






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