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<<<夜伽ばなし 其の三 "啄木鳥(きつつき)">>> 第十四夜

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「あのー、、、朝の早うから、悪いんやけど、、、、、ちょっとええやろか?」




ぱち。

扉の向こうから、遠慮がちにかかる声に、ハクは目を覚ました。
身体はずいぶんと、軽くなっている。



「あんなぁ、実は困ったことが・・・・、異国の姫君方のことで、ちょっと千尋ちゃん、借りたいんやけど・・・開けてもええかな」


ええかな、と、許可を求める言葉に返事をしてもいないのに、


「ごめんやっしゃー」

さっさと中に入ってくる、青龍の青年。



・・・・と。



「あちゃー! やっぱそうゆうことに、なっとったんや〜〜〜〜!!!」

「・・・?」


まだ少々朦朧とする頭で、ハクはあたりを見回して、ぎょっとした。


隣に、使われた形跡のない一組の寝具。
そして、自分の腕枕で、くうくうとまだ寝息をたてている少女。



「え!? ああっ!?」

眠気がふっとぶ。


だ、断じて、身に覚えはない!!
がしかしっ!


「・・・・『既成事実』。」

腕組みしている相模の、白ーーい上目遣いに、あわあわとふためいてしまい。


慌てて、がば、と起き上がった拍子に、腕の中から千尋の身体がすてんと布団に落ち、少女も、むにゃむにゃと目を覚ます。



「あ。おはよ、ハク。・・・・あれ、相模さん、おはようございます」

「あ、あの、千尋? これは、、、???」




千尋は寝乱れた髪をかきあげ、にっこりと微笑んで応える。

「・・・ハク、・・・よかったよぉ、夕べは・・・」

「ちょお、たんまっ!!!」
相模は両手で抱えこんだ頭を左右にぶんぶんと振って千尋の言葉を遮る。


「ああもう、、あかんあかん、千尋ちゃん、はしたないっ、『睦言』はふたりだけの時にしときっ!!」
ああっ聞きとぉもないわっっ!と、ハクを睨み。





-----むつごと?

『夕べは、どうなることかと思ったけど
って、言おうと思ったんだけど。
それって、人前で言っちゃいけないのかな。



きょとんとしている千尋の横で。

顔面蒼白、だらだらと大汗をかいている、ハク。


を、突付く、相模。

「・・・・『よかっ』てんて。あの身体で、ようがんば・・うぷっ」


ハクは、汗ばむかむろ頭を振り乱して、相模の口を押さえつける。






ふと、その汗に気付いた千尋は、ごくあたりまえという仕草で、彼の夜着を脱がせにかかった。


   熱が下がるときって汗かくものね。
   着替えないと、風邪ひいちゃう。


「あ?! ちち、千尋っ?」

「うん? さ、はやく脱ごうね?」

「いやそのっ!、、、、いいい今は駄目だ!

はだけた自分の夜着の合わせをあわてて押さえる少年の手を、千尋はぱし、とはたいた。



「だめ!脱ぐの!」

「千尋〜〜〜」


「・・・・・あのぉ。悪いけど、、、続きは後にしてくれへんやろか」





* * * * * * * *



相模の話というのは。

双子の魔女姉妹の持ち物を、何でも構わないから、持っていないだろうか、ということだった。


「あの・・・こんなものでよかったら・・」

例のメイド風ワンピースに着替えた千尋が、エプロンのポケットからシルクサテンのハンカチを一枚取り出す。

これは、妹魔女のもので。
豪華な手編みのレースで幾重にも波打つような縁取りがほどこされ、バラの花が刺繍してある凝った品。



「お姉さんのほうのは・・・・何も持っていないんですけど・・・・」



青い龍の青年はくんくんとそのハンカチの匂いを確かめて。

「いや、おおきに!これがあったらなんとかなるわ」

「・・・いったい、どうしたのだ?」



青龍はあたりをうかがい、もったいをつけつけ、慎重に話し始めた。


「あんな。わいのお母はんは、帝の乳母やねん。」

「それは、知っているが」

「つまりな、わいと帝は乳兄弟で。」

「そうなるな」

「せやし・・・・子供んときから、わりと、なんでもわいには打ち明けてくれはるんや、帝は。ほら、わいってー、口も固いしーー、信用できる男やしーー」

「「・・・・・・・・・・・」」

「ちょお! なんでそこでふたりして黙りこくるん!?」

「「・・・・・・・・・・・」」





「・・・・・で、このハンカチ、どうするんですか?」

うまくフォローできないまま、千尋は話を元に戻す。




「実はな。あの双子の姫君に連絡取りたいんやけどな。行方がぷっつりつかめんのや」

「え?お湯屋にもいないんですか?」

「んー。そうなんや。蛙やら蜘蛛やらナメクジやらが大騒ぎしとったわ」

「そんな・・・」

「でも大丈夫っ!わいのこの、抜群の鼻で!!! 探し出してくるわっ!」




確かに、彼の嗅覚は相当なものだ。
・・・・特に、女性の匂いについては。

まあ、なんとかなるだろう。


妙に、納得する、ハク。




「おおきに! ほな、行ってくるわ!」


とたんに飛び出して行ってしまった、青い龍。





深い群青色のたてがみを波に靡かせ。
瞬く間に小さくなってゆく姿。



「・・・・それで、何故、彼女達を探しにゆくのだろう」
ハクは、首をかしげた。
結局、肝心なところは、よくわからなかったが。

まあいい。
自分は、千尋を連れて、すぐにでもここから帰らねば。



遠ざかる青い龍のたてがみの中に。
ひとすじ銀色のものが、混ざっている。


それがきらり、と光ったのを最後に、彼の姿は見えなくなった。




「相模さんって、メッシュ入れてるんだ・・・」

「なんだい、それは?」

「んんとね。髪をちょっとだけ染めて、おしゃれすることで・・・」



ああ、とハクは頷いた。

「あれはね。蔵人(くろうど)といって、竜王の身の回りの補佐や警護をしている者たちの、しるしなんだよ」

「ふうん」


ハクとは違うけど。
綺麗な龍さんだな、と千尋は思いながら、見送った。





「さあ。私たちは、帰ろうね。」

「お母さんたち、、心配してるよね・・・・」

「だいじょうぶ。ちゃんと、元通りの『時』に、帰る」





相当な時を流されてしまったが。

銭婆が、自分の髯を一本抜いて、千尋の部屋に結び付けておいてくれた。
あれを目印に、帰ればいい。
たやすくはないが、なんとか、なるだろう。



* * * * * * * * * *



ふるまわれた豪華な朝食をそそくさと済ませ、二人は竜王の御前に挨拶に出向いた。



「気ぃつけて、帰ってな。ほんまは、、、この宮にずっと居てもらいたいところやけれど」
皇太后が、名残を惜しむ。


「また遊びにきてくださいな、と言いたいとこやけど・・・・ちいと、遠いなぁ・・・」
ひろは、涙を浮かべている。



「道中、くれぐれも大事に・・。そなたの恩は、生涯忘れぬ」


竜王の言葉に、ハクと千尋は深々と頭を下げる。






双子の魔女のことが・・・・ちら、と千尋の頭をかすめたが。

それを口にしようとしたのを、ハクが気付いて、目で止めた。




ハクが、竜王に別れの挨拶を言っているのを。

なんだか遠いところから聞こえる音のように、ぼぉっと千尋は聞いていた。






やっぱり、気になるんだけどな。。。。。あの人たちのこと・・・
お湯屋にも戻らないで・・・どこに行ってしまったんだろう。

そういえば、お姉さんはどこに住んでいるのかな。



ふたりとも、悪いひとじゃなかった。

喧嘩ばかりしてたけど。
姉妹っていいな、と、一人っ子の自分は思ったりもした。


最後の挨拶くらい、したかったんだけど。。。。



ああ、そういえば、相模さんにも挨拶できないまま、帰ることになっちゃった。

お世話になったのに。

仕方ないな、
ひろさんから、よく伝えてもらおう。





・・・・・・などと、とりとめもなく考えていると。








「きゃーーーーーーーーーっ!!!!」



突如上がった女官たちの悲鳴に、千尋は我に帰った。




「帝!」

ハクが玉座に駆け寄ってゆく。

周りの者達も、大声を上げて、わらわらとそこへ。



「竜王さま!?」
千尋は我が目を疑った。




竜王が。

血を吐いて倒れ。


玉座から転がり落ちていた。


* * * * *




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