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<<<夜伽ばなし 其の三 "啄木鳥(きつつき)">>> 第十三夜

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きぃぃいいいいいいいーーーーーーッ! 邪魔すんじゃないよッ!!」
なんなのさっ! このキノコは、あたしが先に見つけたんだからねッ!!」


まもなく日が沈もうかという、茜の空の色に包まれた、森の奥深く。


一つの巨大なキノコを奪い合う、二人の魔女。

髪ふりみだし、衣服もはだけて、それでも互いに一歩も譲ろうとしない。



ばく!
妹魔女が、姉を押しのけ、キノコの一方に噛み付いた。

「あーーーーーーッ! 何すんだよっ!!!!」

姉のヒステリックな声が森に響き渡ると同時に、・・・・・妹はぐんぐんと巨大化し、空をも突くような大女になった。


「あっ!しまった、反対側かいーーーーー!」

妹は天高くから、ちっと、舌打ちをする。


「へへん。人のものを横取りしようとするから、ドジを踏むのさ」
姉は妹がかじった位置の、ちょうど反対側のキノコをはむはむとほおばる。

と、・・・・・とたんに姉魔女の姿は蟻のように小さくなってしまった。




「あああ、食べ過ぎちまったよ!ちくしょうッ!」



姉は森の下草の葉陰で地団太をふんで、くやしがる。




このキノコは。
もともとは、彼女らのふるさとである、よーろっぱという、ずっと西の方の国に生えていたもの。


この双子魔女は、もとからこの日出ずる処の国に生まれた者たちではない。
「魔女」というものは、はなから、この国にはいなかったのだ。
「山姥」なら、いたけれども。


まあ、言ってみれば、彼女らは移住者で。


彼女らの生まれ故郷でも、昔は自分ら魔女と人間達はそれなりに上手く付き合って生きていたものだが。

いつしか、自分達は憎悪の対象となり、狩られる対象となった。
あるものは、その手にかかって犠牲になり、あるものは、身を潜めて嵐が通り過ぎるのを待った。



そして。
この美貌の双子魔女達は、そのどちらの道も選ばす。
狂気の手の及ばない、東の黄金の国へと逃れてきたのだった。

遠い遠い昔の、忌まわしい思い出。



今は、八百万の神々が集う、この不思議の国の住人におさまっているし。
二度と、あの西の国へ戻りたいとは思わない。


彼女らのふるさとにも、「不思議の国」と呼ばれるところはあって。
有名なところでは、「ありす」という亜麻色の髪の少女がそこに神隠しされた、という話が残っている。


そこに生えていた、体の大きさを変えることができる、秘法のキノコ。
キノコの片方を食べれば体が大きくなり、反対側を食べれば小さくなるというもので。

それが、この森にあるというのは・・・・、
おそらく、魔女達がこちらへ逃れてくるときに、その衣装の裾にでも胞子がまぎれこんできたのであろう。






彼女らは、奪い合うようにキノコを口にほおりこみ、そのたびに大きくなったり、小さくなったり、大騒ぎをしている。


彼女達は、今、どうしても体のサイズ・・・・正確に言うと、『足』のサイズを少々小さくする必要性に迫られていたのである。



そして、しばらくして・・。

「「ぎゃっはははははーーーーーーー!」」 

突然、森にとどろく、不気味な二つの笑い声・・・・・。




妹は姉の姿を見て、腹を抱えて大笑いする。
「なんだよーーーーその顔!!! 信じらんないよーーーーー!!」


妹を見て、同じように涙を流して笑っている、姉。
「あんたこそ、なにさーーー! その姿! みっともないったらーーーー!!」



「ばっかだねーーー 見境なく食べるからさーーー」」
「それはこっちのせりふだよーーーー ちっとは加減しなってばーーー」


ぎゃひぎゃひと、ひとしきり笑ったあと。
二人の笑い声が、、、ぴた、と止まった。


「「・・・・・・も、、、もしかして・・・・・?」」


ふたりは・・・互いの姿を見合って、がたがたと震え始める。


ことばを発する余裕もなく、傍らの小川へだーーーーっとダッシュして。

おそるおそる、水面を覗き込んだ。

と。

 「「ぎゃぁぁああああーーーーーーっ!!!」」 


今度は、二つの悲鳴が、森を突き抜けた。





「なななななん、なんで、こここここんな、ことにっ!?!?!」
「しししし知るもんか、あああああたしだって、こんなの、はじめて、だよっ!?!?」

水面に映る二人の姿。

身の丈は・・・まあ、キノコを食べる前とさして変わらないのだが。


顔、が・・・・・・

いや、美しいつくりはそのままなのだが。。。


その、大きさが・・・・・・。




「・・・・どうするさ?」
「・・・・・さあ・・・・」



めちゃくちゃな食べ方をしたためなのか。
それとも、異国の風土でキノコの力が突然変異してしまったのか。
それはわからないが。


顔が。

顔、だけが。

・・・・・・異常に大きくなってしまったのだ・・・

ゆうに、身長の半分は、顔。



これじゃ。
魔女じゃなくて。

魔物だ。
化け物だ。


がっくり肩を落とす、二人。



「これじゃぁ・・・・とてもじゃないけど、竜王様の御前になんて・・・・」

「出られないよねぇ・・・・」

「あきらめるかい・・・?」

「・・・・不本意だけどさ・・・」

「やさしい龍だったんだけどねぇ」


巨顔の娘達は。
水面に映る、自分達の姿に・・・・・揃ってため息をついた。







* * * * *






波間から差し込む、薄い朝の光。





--------熱、下がったかな・・・?




先に目覚めたのは、少女。
夕べは炎のようだった少年の身体は。
今は、自分と同じくらいの体温になっているように、感じる。


一晩中、『抱き枕』がわりにされていたのは。
ちょっと窮屈だったけど、嫌ではなかった。


よいしょ、と身体を起こしてみると。
昨夜と違い、割にすんなりと『寝袋』から這い出せた。




-------あらあら。枕も使わないで。肩こりそう。


身体の左側面を下に、横向きで眠っている少年の首はがっくりと傾いたままで、どうも不自然な形に思えたので。
よいしょ、と少年の身体を仰向けに整えて。
その頭をそっと抱えて、その下に枕を差し込み、休みやすいようにしてやった。

頭の向きがかわるについて、その緑がかった髪がするするとふとんにこぼれる。
きれいだなあ、と思いながら、その髪に指を差し入れて、少し梳いてやる。



穏やかな寝顔。
規則正しい、寝息。


千尋は、そっと、ハクの額に自分の額を押し付けてみる。


----------うん。だいじょうぶみたい。熱くない。



ほっと、胸をなでおろす。



あたりは、まだ、しんとしている。



---------もう少し寝てても、いいのかな。



ちょっと考えて。

うふふ、と。
千尋は、もう一度、ハクの布団の中にもぐりこんだ。


すると、たった今、眠りやすいように体位を変えてやった少年が。
くるりとこちら向きになって。



あらら。



また、・・・『寝袋』の中の『抱き枕』。




目が覚めているのかな、と一瞬少年の顔を覗き込んだ千尋だが。


ハクは、千尋を『抱き枕』にしたまま、また、すうすうと無防備な寝息をたてていて。
ほっぺをつんつんとつついてみても、瞼を開ける気配はない。






ふふっ。
ふだんは、誰といたって、ほっぺをつつかれるのは、たいていわたしの方なんだけどな。





それがなんだか面白かったので。
もいちど、つんつん遊んでから。


千尋は、安心して、再び浅い眠りについた。


* * * * *




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