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<<<夜伽ばなし 其の二 "日蝕">>> 第一夜

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謡え。囃せ。踊れ。

酒は。肴は。楽は。

もっと賑々しく。

もっと華々しく。

黄金(こがね)の足輪、翡翠の玉。

打て。鳴らせ。狂え。

胸乳(むなち)もあらわに舞う巫女は。

岩戸の御前(みまえ)で雄叫びを。



----はて、妾がおらぬというに、なにごとぞ?----

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「ぎゃははははーーーー。センらしいぜ。ここのこと、竜宮城みたいだってかーー? よく言うぜーーー」
なぜか上機嫌の狐娘。

「ちぃーーーーうちうちうちうちーーーーーい!」
坊ネズミは頬をハムスターのように膨らませて抗議する。

センのとこへ行くのなら、自分だって行きたいのだ。
ハクだけ、ズルいぞ! ばーばに言いつけてやる!
お付きの小鳥もぶんぶんと頷く。

ボイラー室でお茶を啜る、3人と2匹。


ハクが最近しばしば夜中に姿を消す。
行き先はもう、言わずもがな。

こっそりと抜け出すのだが、なぜか鼻の利く、ネズミに狐。
なんだって、自分が千尋に会いに行くたび、わざわざ事後報告せねばならないのか。

むっつりと湯呑みに口をつける龍の少年。

みんなセンの話が聞きたいのだ。

それはそうだろうが。

ハクは今朝の一件を思い出し、さらにむつっと眉をしかめる。


 * * *


ちくちくちく。
ハクは帳簿をつける合間に、文机の下でしこしこと針を動かしていた。


「おーい、ハク様よー、兄役に呼んできて欲しいって頼まれ・・・何やってんだ?」
勢いよく障子を開けた狐娘の目の前に、何やら嬉しそうに目を細めて針仕事に精を出している帳簿頭。

「なっ! 何でもな・・・痛ッ」
慌てて隠そうとして、指先を刺してしまったらしい。

あやしい。ぜーったいにあやしい。

「仕事中にお針なんて、どうなさったんで?」
「そなたには関係ない。すぐ行くから持ち場に戻れ」
「つくろいものくらい、フナやコイに言いつければ喜んでやりますぜー?」
彼女らは、ハクにお熱のミーハー小湯女たち。
なんできゃーきゃー言うのか、ちぃっともわかんねぇけどさ。
あの娘ら、本性が魚だから、もと川の主、とか、龍、ってのは魅力的に見えるんだろうか。
ただの、あぶねーガキじゃん。

「これは私が自分でしなければ意味がないのだ。ほっておいてくれ」
と、背を向けようとした少年の、一瞬の隙をついて、狐娘は『それ』を奪い取る。

「あっ!何をするっ!」


・・・・・照る照る坊主・・・・。


いや、正確にいうと、照る照る坊主をさかさまに吊るせるように、反対向きに吊るし紐を縫いつけた人形。
要するに、「あ〜した雨にしておくれ〜〜」とでも願を掛ける人形、雨雨坊主とでも言えばよいか。

「ち、千尋が、雨が好きだというものだから」
けっ。おめぇが顔赤らめても、似合わねーんだよ。

と。
なにぃ?

「てめー、また勝手にセンとこ行ったのかっ!!」
「そなたにいちいち許しを請う必要があるか?」
「うるせー。毎晩毎晩夜這いまがいな事しやがって!冗談じゃねぇ!この助平龍!」
「よ、よば・・!? 失敬なっ!」
「違うのかよ?」
「私は、ただ、夜伽話をしにゆくだけだ」
「へー。じゃあ、何話してきたのか教えてもらおーじゃないか」

ぐいっ。

リンのまとめ髪が、突然目に見えない力で後ろに引っ張られる。

「いいかげんにしろ」
リンの目の前で、障子がぴしゃっ!と閉まる。

きったねー。
魔法なんか使いやがって。
覚えてろ。




その日一日、なぜか坊ネズミがちうちうちうちう言いながら、ハクにつきまとう。
仮にも油屋経営者の一粒種だから、邪険に扱えないのが困る。
そろばんをはじく指のそばでハエドリと追いかけっこはするわ、前足後ろ足にたっぷりと炭をつけて、わざと書類の上を歩き回るわ、フナが持ってきてくれた茶をひっくり返すわ、もう、邪魔で邪魔で仕方がない。
食ってやろうか。がるる。

「坊。お部屋にお戻りください。送りましょう」
とうとう我慢も限界。強制送還執行。
ネズミをむずと鷲掴みにすると、帳場を離れ、エレベーターへと向かう。

と、廊下の向こうから、大湯女お姐様軍団。
「あらぁ、ハク様、御機嫌良う」
むせ返るようなお白粉の匂い。
「うむ」
からまれるのは御免だ。
早足ですれ違おうとした時。

座布団をかかえたリンが通りかかる。

いやな予感。

「あれ〜〜ハク様、『きのうと同じ着物』でご出勤じゃないすか〜〜? いや〜〜ダイタンっすね〜〜」

たたた。見る間に駆け去る狐娘。

さわっ。

すれ違いかけたお姐さまがた、思わず反応。
ハクが白の水干を着ているのはいつものこと。
でも、こんなおもしろい玩具、ほっとく手はない。
またまた、やわやわと少年を取り囲む。

「んもう、やぁだ、ハク様ったら」
「き、きき、着物はっ。私はいつもこの・・」
「あれぇ、なんだか人の匂いが」
「えっ?」
思わず、自分の水干をくんくん匂うハク。
まあ、それなりに身に覚えはありますから。

「きゃーはーはー。図星ですかい。もう、ハク様ってばぁ」
大笑いする大湯女たち。

墓穴。
後の祭り。

またまた、ひとしきり、姐さんたちにいいように遊ばれるハク。



廊下ひとつ曲がった角には、くっくっくと、笑いをかみ殺す狐娘がいた・・・・



 * * *

「確かにのう。竜宮城とはうまいことを言うもんじゃ」
黒眼鏡の奥で小さな目が笑う。

結局、ハクは、リンや坊に、仕事が終わったらきちんと『報告会』を開くから、との言質を取られ、今こうして、ボイラー室に全員集合しているわけだ。



油屋のことを、竜宮城みたいだね、と喩えた千尋に罪はない。
まぁ、似たようなものだろう。

極彩色の建物。

宴会の席に所狭しと並べられる豪華な料理。
・・・中には千尋にはどう見ても食べ物には見えないグロテスクなものもあったが・・・
ま、それは神々個人の嗜好ということで。

鯛や平目の舞い踊りのかわりに、オオトリさまのダンスが見れてうれしかった、とも言っていた。

それは構わない。

『時還しの箱』は要するに『玉手箱』と同じだし。

だが。


リンがにやにやしながら、尋ねる。
「んじゃー、さしずめ乙姫さまは・・・・」

ちらりと視線を向けた少年は、不機嫌さをかくそうともせず、言った。

「そなただそうだ。」

「へぇっ?」
てっきり、あの人の子は例の天真爛漫さで、ハクって乙姫さまみたいだよね、綺麗だもんね、などと、言ってのけたものだと思ったのだが。
まあ、乙姫さまのようだと言われて、悪い気はしないけれど。


「じゃ。肝心のハクサマの役どころは?」
竜王、はどう考えても湯婆婆のほうが適任だし。


「・・・・・"亀"・・だそうだ」

・・・・・。

ぶーーっと吹き出す狐の娘。
「それって・・・・」
便利な乗り物。
タクシー代わり。
命がけで自分のために働いてくれた者に、そんなこと言うか、普通。

「ふぉっふぉっふぉっ。センにかかっちゃハクも形無しじゃのう」

むすっとしている少年を見ていると。
皆の頭の中には、
甲羅の中から龍の頭と尾と4本の足をにゅうっと出している亀(というか、甲羅をしょった龍というか)が、漁師姿の千尋をいそいそと乗せた姿が目に浮かんできて。

本人を目の前にして悪いとは思うものの、
もう一度盛大に大笑いするのだった。


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窓辺の逆さ照る照る坊主。

数日前にハクが持ってきてくれた。

その夜は星が出ていて。
お話はできなかったけど。

大体毎晩、ハクは会いに来てくれる。

雨の夜はぽつぽつとお話をして。

雨じゃない夜は、わたしの背中をぽんぽんとたたきながら、寝付くまでそばにいてくれる。


でも。
雨雨坊主を持ってきてくれた夜以来、なぜかふっつりと足が途絶えた。


「ゆうべはせっかく雨降ってたのになぁ」

制服のリボンを襟元に結びながら、千尋は鏡の中の自分を見る。
相変わらずやせっぽちの少女がそこにいた。


「怪我でもしてなきゃいいんだけど・・・」
待つだけの身というのはもどかしい。
自分から会いに行く方法というのはないものか。

実は昨日、例のトンネルの前まで行ってみようとしたのだが。
どんなに探しても、あのトンネルが見つからなくて、結局あきらめたのだ。



今朝は、夕べの雨が嘘のような秋晴れ。
ええと。
今日、学校で何かあるんじゃなかったっけ。







「うわーーー鈴田さん、大人っぽいーー」
黒いサングラスをかけた隣席の少女を見て、千尋は素直に驚いた。

「大人っぽいっていうより、コワいおねーさんみたいじゃん」
まわりの女生徒が笑う。
つられて千尋も笑う。

いつの間にか、千尋はクラスに溶け込んでいた。
はじめのうちこそ、薄気味悪いものを見るかのような態度だった級友達も、どこか小憎めないこの少女を自然に受け入れるようになっていた。
なんか、こう、手を差し伸べてやりたくなる気にさせる、不思議な子なのだ。
本人はいたって大まじめなのだが、どこか天然で。

理科の実験の時間にリトマス紙やBTB溶液の色の変化を見ては、「うわーーーーすごい、これ、魔法????」なんて真顔で言うし、
視聴覚室で、『環境破壊について』とかいうかったるいビデオ見せられてたときなんか、ひとりでうんうん頷きながら、ぼろぼろずびずば泣いてるし、
なんでか知らないけど、掃除当番が大好きで、「働かないと豚になるよー」なんて言いながら、にこにこ雑巾がけしてるし。
言い出したらキリがないのだが、とにかく、一緒にいて、ほんわか楽しいのだ。


「で、荻野ちゃんさ、自分のサングラスは?」
「え?」
「やだー、忘れたの? 今日、日食があるから、全校生徒で観測することになってたじゃない」
「あーーー!!」
「まぁったく、ぼーーっとしてっからな、オマエは。オレの貸してやるよ」
鈴田が自分のサングラスをはずそうとしたとき、

「これ使えよ」
一歩早く差し出された男物のサングラス。

え? と女の子達の視線が集まるのを避けるかのように、
「家から電話あって、今から早退するから」
と、足早に立ち去るクラス委員。

その背中に、千尋があわてて礼の言葉を投げると、少年は軽く片手を上げ、そそくさと出て行った。

にやにやしながら、突っつきあう、女の子達。
に、囲まれてきょとんとしている千尋。

「オマエ、・・・・ややこしいヤツに好かれちまったなぁ」
「そう? 人に好かれるのって、いいことじゃないの?」
「・・・『好かれる』の意味と、相手によるさ」
「そうなの?」
もういい。にこにこしやがって。そういう罪のない笑顔って、罪なんだよ。


校内放送が流れる。
生徒たちはサングラスとノートを手にぞろぞろと校庭に出てゆく。
今日は一日、日食観測で授業がつぶれる。らっきー。そんな声のさざめきの中で、千尋も鈴田たちと一緒に校庭へと出ていった。



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