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<<< 立春 >>> 第一夜

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窓の外は、一面の銀世界。
空に、雪雲しっぽりと。
陸を、真綿が包みこみ。
海は、波の形に氷結し。




油屋の面々は、大広間に集合していた。


今日は節分なので。
閉店後、節分会(せつぶんえ)の宴が張られることになっている。



『春』という新しい季節をすがすがしく迎えるために。
従業員一同で、邪気払い。



「さあッ! 用意はいいかい!? そーれっ!」

湯婆婆の音頭のもと、油屋の従業員たちが、一斉に豆を撒く。


「富はー内。福もー内。鬼もー内。」

一同、声を揃えて。

「富はー内。福もー内。鬼もー内。」

千尋も、周りにあわせて、一生懸命声を張り上げ、豆を撒く。
自分がもともと住んでいたところとは少々異なる掛け声にとまどいながらも。



「富」と「福」が内に来るように、というのは、わかるけど・・・・

ぱらぱらと威勢良く豆を蒔き、わぁわぁはしゃいでいる座にまぎれて。
千尋はそっとハクに近づき、白い水干の袖を引いた。


「あの、ハク・・・どうして、『鬼』も『内』、なの?」

あ。『様』をつけるの、忘れた。
怒られるかな。


龍の少年は、ちら、と周りをうかがう。


富は内〜、富は内〜、と、眉間に皺を寄せ、かなり真剣な顔で豆を蒔いている、湯婆婆。
豆を蒔くよりも、ばりばり頬張るのに忙しい奴もいれば。
豆撒きに事寄せて、このときとばかり、いけすかない蛙男にばちばちと豆をぶつけている女達もいる。
一番痛がって逃げ回っているのは番台蛙。


あたりは、どたばたきゃーきゃーと騒がしく、特に自分達に関心を払っている者はいないようだ。

それを確認してから、ハクは千尋に話し始めた。


「あのね。千尋のいたところでは、『鬼』は悪いものだ、とされていたのだろう?」
「うん。だから、鬼は外、って言いながら、お豆蒔いたりしたんだけど」
「でもね、ここでは少し違うんだよ」


あ!そうか! と千尋が声をあげる。
「牛鬼さま! 牛鬼さまに失礼だもんね!?」


龍の少年は微笑む。
「牛鬼さまだけじゃなくてね。『鬼』というのは、もともと、少し特殊なちからを持つ一族をまとめて、そう呼んでいたんだよ。」
「うん?」

「つまりね、おおざっぱにいうと、『鬼』っていうのは、『神』をさすことばでもあってね。」
「あ、そうなんだ。。。じゃあ、鬼は外、なんていったら、神様が怒って、油屋には来てくれなくなっちゃうわけなんだ」

「そう。人間の世界でも、鬼を守り神として祀っている地方では、『鬼は外』ではなくて『鬼は内』と唱えるそうだよ」

「ふううん・・・・あっ。じゃあ、ハク・・様も、『鬼』なの?」
「そうだね」

にっこり笑う白い顔は。
とっても優しくて。
どうみても、鬼には見えないんだけど。

龍の姿になったって、怖いとは思わないし。。。


でも、そういう意味があるんだったら。
これからは、絶対『鬼は外』なんて言うのやめようっと。
ハクを外に追い出すなんて、やだもん。
鬼は、内。鬼は、内。



真剣な顔でなにやらぶつぶつ言っている千尋に。
「豆は、蒔く前に火で炒っただろう?」

「うん」
「あれも、邪気払いなんだよ」
「ふうん?」
「固い豆はね、よくないこと、よこしまなこと、を表していてね、それを火で炒って剋してしまう、っていう意味があるんだよ」
「へぇえ。知らなかった」
「さ。千尋も、豆を蒔いておいで。邪気を払って清めておいで」

うん、と元気良く座にもどっていく少女を、龍神の少年は目を細めて眺めていた。


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