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<<< 立春 >>> 第二夜
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「あー、やっと一段落ついたね」
ゆうべの宴会の、後始末。
湯屋中に散らばった豆だの、宴会料理だののあとしまつをしていた女たちが、汗をぬぐう。
男たちは、外回りの片付けに回った。
豆撒きのあとは、太巻き寿司やイワシをはじめとする、縁起担ぎの節分料理を前に大宴会になったものだから。
大広間はもう、ぐちゃぐちゃになっていた。
いつものことながら、宴会のあとかたづけ、っていうのはほんと、大変。
でも! それを気にしていたら、宴なんてちっとも楽しくないし。
明けて、今日は、立春。
きさらぎの四日。
暦の上では、春が立ったのだ。
まだまだ空気はつめたくて、とても、春が来たという気分にはならないけれど。
すこうしずつ、昼が長くなる。夜が短くなる。
そうして、おひさまの光に誘われるように、おずおずと、春の陽気が近づいてくる気配が感じられるようになってくるものなのだ。
「はやく、あったかくならないかな」
雑巾を手に、ふと窓の外に目をやって。
雪に光る朝日に、まぶしそうに目を細める、千尋。
「ねぇ、リンさん。ここって、いつもこんなふうに節分には宴会するの?」
きゅっと雑巾を絞っている狐娘に尋ねる。
「えー? ああ、春の節分のときだけな」
「? 節分って、ほかにもあるの?」
「・・・・・おまえ、ほんとに何も知らねーんだな」
リンは、説明を始める。
節分、というのは年に4回あるもので。
立春、立夏、立秋、立冬、それぞれの前日。
特に、立春を1年の初めと考えるならわしがあるから、言ってみれば、立春前日の節分は大晦日と同じようなものにあたるので、前の年の穢れを払う、という意味でちょっとした行事となるのだ。
「ふーーん。。でも、わたしのいたとこではね、2月は節分よりも、もっと大騒ぎする日があってね。」
「へー。なにそれ」
「あのね。バレンタインデーっていうの」
そんなもんは、初耳。
でも、人間の娘がとってもうれしそうに、にこにこしているところを見ると。
きっと、楽しいものなんだろう。
「えっと、リンさん、好きな男の人とかって、いる?」
「へぇっ???? いねーけど?」
「そっかぁ。バレンタインデーっていうのはね、女の子にとってはすっごく重大な恋の日で・・・・」
「なになになに〜〜〜?! リンにセン、なんか楽しそーな話、してんじゃん」
いつの間にか、まわりの女達がわらわらと千尋の周りに集ってきた。
こういう話題には、皆、興味津々。
勢い始まる、千尋のバレンタインデー講座。
人間の世界の、風変わりな慣わしに、皆ふんふんと面白そうに頷く。
「女はもらえないのー?損だねー」
「んー。もらっちゃいけないこともないんだけど・・・・たいていは、3月14日のホワイトデーっていう日にお返しをもらうの」
「へえ。」
「自分にとって特別な男の人にはもちろんだけど、普段お世話になっている人とか、お父さんやお兄さんなんかにも、チョコレートをあげたりするんだよ。」
普段、『教えてもらう』ことばかりが多い自分が、『教えてあげる』立場にいることは、珍しい。
なんだか、ちょっと照れくさいけど。
「じゃあさ、お馴染みのお客さんにあげたりしたら、喜ばれるわけ?」
大湯女のひとりが、尋ねる。
菓子のひとつくらいで、馴染み客の気をつないでおけるんだったら、お安いものだ。
「うん、そう。きっと大喜びしてくださると思う。・・・わたしも、毎年お母さんと一緒に手作りのチョコレート、お父さんにプレゼントしてたん・・・だけど・・・・」
そこまで言って、千尋はちょっとうつむいた。
畜舎にいる両親の姿を思い出してしまって。
リンがあわてて、声をあげる。
「あ!でも、それって、楽しそうじゃん。で?どんなんなんだい? その、ちょこれーと、とかいう菓子? 美味いのか?」
「リンさん、食べたことない?」
「ないねー。菓子っていっても、ここにあるもんっていったら、饅頭とか、あられとかだし。」
どう説明しようか、と千尋は考え考え、説明する。
「甘くて、とろっと口の中でとろけて・・・そうだ!坊はよく食べてるよ?」
千尋の周りを囲んでいた女達が、子供部屋の様子を思い出した。
そういえば、坊のまわりにはいつも、自分達の口には入らないような、珍しい舶来モノらしき菓子があふれている。
この、不思議の世界でも、チョコレートは手に入らないわけではないのだ。
だったら・・・・・
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