かごめ かごめ かごのなかの鳥は いついつ出やる うしろの正面 だあれ 今にうんときれいな鳥になるから。 目隠し取って、ふりむいたとき。 ちゃんとそこに、いてね。 ふわふわほこほこぼたん雪 あとからあとから落ちてきて 雪陽(ゆきひ)にとけこむくもり息 すかして見れば、少女の笑顔 池のおもてに薄氷(うすごおり) 雪見灯篭小脇に抜けて 白くしだれる竹林 雪にうつむく寒椿 お湯屋の裏手の細道を 手に手を取って通りゃんせ 夏海だったそこは 今 ふたりだけの銀世界 * * * * * * * * * * ・・・・くしゅんっ! 「あ・・・ハク、風邪ひいたの? だいじょうぶ?」 雪山を盛る手を止めた少女に、横合いから間近に顔を覗き込まれる。 高く結い上げた髪のすそがななめに揺れて。 朝日を金色に弾いたのがまぶしかったので。 --------龍の少年はすこうし目を細めた。 「平気だよ。もともと、水神(わたし)は寒さには強いんだよ?」 そう言って笑う少年のくちびるは、やはりこころもち色がうすい。 ああ、今の今まで気付かなかったなんて、と。 千尋は自分で自分を責めてしまう。 「ハク、かまくらは、またあしたでいいよ。お部屋で休も?」 「いや・・・明日から湯婆婆様の使いで遠出をするから」 とたんに歪んだ、少女のひとみ。 ・・・しまった、言うのではなかったと後悔してももう遅く。 「・・・またしばらく、帰ってこれないの?」 ハクはあわてて言葉を足す。 「あ、そんなことはないよ。できるだけ早くもどってくるから」 「・・・・『危ないお仕事』・・・・?」 もう、千尋の睫毛(まつげ)は小刻みに震え始めている。 ああ困った。これには、たまらない。 いったい湯屋の誰が、この少女にそういうことを吹き込むのか。 「違う違う。心配いらないよ。新年の宴席料理の材料の買い付けだから」 おろおろと少女の顔を覗き込んで、幼子を宥めすかすように説明するのだけれど。 「嘘!『心配いらない』、っていうときが、ハクはいちばん無理してるんだもん!」 言うなり千尋は、ぽふんと白い水干に顔をうずめて。 くぐもった声で、ごめんなさい、とつぶやく。 「体きついんだったら、・・・そう言ってくれなきゃ・・・」 このところ、ハクは『出張』がちで。あまり会えなかった。 夕べ、終業間際にやっと姿を見かけたから、ああ、帰ってきたんだ、と嬉しくなって。 よーし、明日は雪遊びに誘おう!ってひとりで決めてわくわくしてた。 まだ誰の足跡もついていない、ふかふかの雪の中で。 ゆきうさぎやかまくらを作って遊んだら、お仕事の疲れなんかきっとどこかに飛んで行っちゃうだろう、って。 ・・・朝の早くから起こしたりして、かえって悪いことしちゃった・・・・。
自分の子供っぽさが嫌になるって、こんなとき。 ふわふわほこほこぼたん雪。 あとからあとから落ちてきて。 雪折れ松のきしむ音。 乙女の頬も雪催(ゆきもよい)。 申し訳なさで顔を上げられない千尋の肩を。 ハクはぽんぽんと軽く叩きながら、切れ長のひとみにさらりと笑みを浮かべる。 「さあ。もう少しだから。鎌倉、作ってしまおう?」 積もりたての雪の朝のような。 綺麗に澄んだ、白い笑顔。 ・・・こうやって、最後はいつも。 このひとは、すくい上げるような優しい瞳でわたしを包もうとする。 それはもちろん嫌ではないけれど。 歩み遅れた自分の立ち位置を思い知らされるようで。 ちょっぴり寂しい気分になってしまうのを。 どう飲みくだしたら、いいのだろう。 立ちつくす千尋の目の前で、鎌倉はほどなく完成する。 しっかり雪が固まっているのを確かめて、ハクは中に入り。 持参した火鉢に炭を入れ、餅など焼き始める。 「おいで」 と、言葉で呼んでも・・・・すっかり萎(しお)れてしまった人の子は、入ってこようとしないから。 「中のほうが、あたたかいよ」 ハクは苦笑しながらいったん外に出て。 しゅんと小さくなったままの少女の肩を軽く抱いて、そのまま体ごと白い雪の室(むろ)にいざなう。 ほら、また。こんなふうに。 宥めすかされるのは、いつも、わたし。 こぶりな鎌倉は、ひと二人が入るのにちょうどよい大きさで。 肩寄せあうのに、ちょうどよい小ささで。 雪で作った白い結界はしんしんとふたりを包みこみ、そっと人目からかくまってくれる。 「ほら。餅が焼けるよ。醤油を塗る?」 千尋は、やっと小さくうなずくものの、その頬は固いままで。 会話は、また、ぽつんと止まってしまう。 「ええと、、、千尋」 こんなふうに、拗ねたままじゃいけない。 ハクを、困らせてしまう。 顔を上げて、ちゃんと返事をしなくちゃ。 機嫌を直して。笑顔を見せなくちゃ。 そう思うのに。 「なんとか2日で、帰ってくるよ。」 「・・・うん・・」 「寂しい思いをさせてごめんね。いい子で待っていて」 「・・・・・・」 とたん、千尋はまた、返事ができなくなってしまう。 --------『いい子で』。 その言葉に悪気がないのは、もちろんわかる。 だけど・・・。 「お土産、買ってくるよ。何がいい? 珍しい菓子でも探してこようか」 ・・・・・そうじゃないんだってば・・・。 このもどかしさを、どう伝えたらいいんだろう。 ぼたん雪がみぞれに変わる。 薄日のさしていた冬空は、雪しぐれを含んで重たくその色を変え。 雪雲が、氷雨にくすむ地平に垂れこめて。 天と地のさかいめは、いつしかうるんで溶けてしまう。 細くあとひく雨まじりの雪が。 せっかく綺麗に白化粧した大地にほつほつ落ちて、まだらにその痕跡を残すのを。 餅を焦がす炭火がぶつぶつ音を立てるのを聞きながら。 なすすべもなく、室の中から眺めるふたり。 「年の暮れは、帳場が忙しくてすまないね」 「・・・・・」 「正月は、私も休みをもらえるから。ゆっくり一緒に、遊・・・・!!・・・・」 ハクは、あわてて言葉を止めた。 ・・・・とうとう千尋が涙ぐんでしまった。 何がいけなかったのか。 龍の少年はおろおろと少女に手を伸ばし、しゃくりあげるその背をできるだけ優しくさすってやるのだが。 千尋は声を上げて、さらに泣き出してしまう。 ハクは、ますますどうしたらいいのか、わからなくなる。 背をさすられながら。 宙ぶらりんな気持ちをもてあましてしまう、千尋も。 どうしていいか、わからない。 ささやかれることばが、優しければ優しいほど、寂しい。 よしよし、と頭を撫でられることが、もっとかなしい。 こういうところが、子供だ、ってわかっているのに。 それが悔しくて、涙がとまらない。 みっともないよう。。。。 「千尋」 うぇぇえん。 「いったい今日はどうしたの?」 うぇぇぇええええええええええん。 「泣かないで」 うぇんうぇんうぇんうぇぇぇええええええええええんん。 「お願いだから」 う、え、、え、、、ええええっ?????? 泣き声ごと。
呼吸を、止められた。 頭のなかでぐちゃぐちゃになってたことも。 みんな止まってしまった。 空気も時間も。 ぜんぶ、止まった。 雪にまざった雨粒が。 茂みを覆う厚い雪を、すこしだけ、とかす。 こんもりわたぼうしをかぶっていた潅木の間から。 南天の赤い実が、ちらほらとのぞいてなんとも可愛らしく。 どさり、と大きな音を立てて雪を落とした枝には。 春を待つやわらかな若芽が、そこここにちょこんとつぼんでいて。 雪解けには、まだ間があるけれど。 龍の少年のくちびるをとおしてほとばしる、一途な想いが。 かたくなになってしまっていた少女の心を。 すこしずつ、とかす。 呼吸と空気と時間と思考を。 やっと、千尋が取り戻したとき。 ハクが最初に言ったのは。 「私のことが、嫌いになった?」 大慌てでぶるぶると頭を左右に振ったら。 「よかった。私は口下手だから」 ハクは小さな息を、ほぅっと吐いた。 そして。
もういちど、呼吸をとめられた。 雪の壁にまもられた、小さな部屋に。 焼餅の甘いにおいがふくらむ。 ぼーっとしたままの少女の目の前で。 手際よく刷毛で餅の表面に醤油を塗り、裏返す龍の少年。 醤油が炭火にじゅっと焦げ、見た目も香りもこうばしく。 餅によい照りが出てきたのを見計らい、七味唐辛子を振りかけて・・・しまった、千尋には甘い味付けがよかったかと、ちらりとハクが隣をうかがうと。 「今、『子供』にはお砂糖のほうがいいかな、とか思ったでしょう」 見透かされた。 「あ、、ええと、、、、うん。」 馬鹿正直に答えたら。 千尋はくすりと笑った。 「おいしそう。辛いお餅のほうが、あったまるもんね」 千尋は、菜箸で小皿に焼餅を取ってハクに手渡す。 「はい」 割り箸も、ちゃんと割ってから、大好きな少年の手に。 「ありがとう」 「ねえ、ハク」 「うん?」 「ほんとに、2日で帰ってこれる?」 「うん。帰ってくるよ」 「じゃあ、------一緒に連れてって」 「え?」 「わたし、明日から2日お休みなの」 湯屋は年末は無休になる。 従業員達は、交代で休みを取るのだ。 「お仕事の邪魔、しないから。ね?ね?お願い」 どうせなら、うーんと子供のふりをして。 駄々をこねてしまおう。 身体が丈夫だって言われている龍が風邪をひいているのに。 ひとりでなんて、行かせられない。 「だ、駄目だよ」 「どうして?」 「・・・危ないから」 「危なくないって、言ったじゃない!!!」 「そうじゃなくて」 「じゃ、何!?」 絶対譲るものかと気負って詰め寄る少女に、龍の少年は。 できれば察してほしいもの、と言わんばかりに視線を逸らす。 「やっぱり嘘、ついてたのね〜〜〜〜! ううぅぅうう、、うぇっ、、うぇっ、、、うぇぇええんん〜〜〜〜〜〜」 「あっあっ、違う、千尋、泣かないで、その、、頼むから、、」 駄々こね作戦で駄目なら、泣き落とし! 戦法を変えられて、ハクはやむなく・・・・無条件降伏。 「危ないんだってば」 「だから、なんで・・」 白い水干の中に抱き寄せられて。 耳元で聞かされた、ため息まじりのその理由。 ----------泊まりになるから・・・・。
かごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に すべって落ちたの だあれ 赤い靴を おいかけて どこに落ちた 川に落ちた 龍も落ちた 恋におちた ぐるぐるぐるぐる巡る輪が もいちど重なる雪びより うしろの正面 つかまえた? うん、つかまえた。 ・・・・・ううん、・・・つかまった。 <<<< 完 >>>
|