嬢(いと)はん 嬢はん どこゆくの。 わたしはお嫁にまいります。 そらめでたいな なに持たそ。 帯など どうや? おおきに、そしたら西陣の。 金糸銀糸縫い取って。 着物はどうや? おおきに、そしたら加賀友禅。 染めてくだされ、御所車。 帯上げ どうしょ? 萌黄の綾の総しぼり。 なんとなんと 美しゅう 嫁御のおしたく できました *『おおきに』:ありがとう
夜風をついて、湯屋に舞い戻った白い龍。 坪庭で軽く息をととのえていると。 わらべうたを歌う愛らしい声が近付いてきて。 聞くともなしに、耳を傾けていると。 そのまま通り過ぎようとしていた歌声と足音が、ぱた、と止まった。 「ハク・・・?」 ほんのり桜色、振り向く湯上りの頬。 濡れ髪を手ぬぐいでほたほた叩きながら。 一日の仕事を終え、風呂を使ってきた戻りだろう。 こちらの姿をみとめると、ガラス戸を引き、無邪気な笑顔で寄ってきた。 と。 「あ!『えくぼ花』!」 碧のたてがみにからみついていた、小花の房を目ざとに見つけ、歓声を上げる。 『えくぼばな』。 『雪柳』とも『こごめざくら』とも呼ばれる白い花。 所用で出かけた先から戻る折り。 近道しようと、たまたまそれが群れ咲く丘を抜けて来た。 あのとき、躯についたものか。 気にもしていなかった。 「なつかしい・・・このお花ね、・・」 問わず語りに話しはじめる、腹掛け姿の少女。 幼い頃、自分の家の庭にも。 それがたくさん植えてあったと。 それで、髪飾りや首飾りを編んで遊んだと。 「もらって、いい?」 龍が翡翠の瞳を細めたのを確認して。 千尋はその白花をひとふさ手に取った。 碧なすたてがみに伸ばされた、やわい腕。 そこからかすかに香り立ったのは。 しゃぼんの匂いか。 それとも、望郷の思いか。 齢(よわい)、ようよう十ばかり。 まだまだ親御に甘えたい年頃の人の娘。 親に手を引いてもらうのが当り前だった世界から。 突然に。 親の手を引いて戻らねばならぬ世界へと迷い込んで。 不憫に思う。 早く帰してやらねば、と切に思う。 そして。 それと同じくらい。 ・・・・・帰したくない、と思う・・・・ 「小さいころね・・・・」 再び話しはじめた千尋の声に、はた、と我に還る、白龍。 「庭にこのお花が咲くと、うれしくて。お母さんに相手してもらって、いろんな遊び、したんだよ」 おままごとでしょ。 おひめさまごっこでしょ。 それからね。 およめさんごっこでしょ。 ふっと、遠いところを見やる龍の瞳。 千尋の花嫁姿はさぞや可憐であろう・・・。 まるこい指を折って数えるその姿に。 白龍はこの花の花言葉を思い出す。 『愛嬌』。 「似合う?」 少女が白い花を髪に挿して、笑う。 そういえばなぜか雪柳は、湯屋にない。 思い立ち、すい、と白龍は少女の前に、身を伏せた。 「え??」 ----------お乗り。 「あ・・・連れてってくれるの? このお花が咲いてたところに?」 龍が軽く頷く。 「・・でも・・・。ハク、『お仕事』終わったばかりで、疲れてるんじゃ・・・」 今度は首を振る。 「ほんとに、いいの?」 もう一度、頷く。 「わーーい!!!」 大はしゃぎでその背に跨る、千尋。 少女が双の角をしっかりと握り締めたのを確かめて。 龍は月夜に舞い上がる。 急ぐ道ではない。 しめやかな月光浴を楽しみながら。 とばりの甘い湿りを唇に感じながら。 龍と娘は、海の上をゆるやかに、飛ぶ。 水のおもてに映える、なだらかな龍身の影。 ・・・このまま海の彼方へ攫ってしまえたら・・・
漆黒の波間にそこはかとなく浮かぶ、秘めやかな龍の迷いに。 むろん、少女はかけらも気付くことはなく。 ふたりは静かに、海を飛ぶ。 |