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<<< 電車に乗って (3)>>> 

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「ハクーーーーー! おとうさーーーーん!」

小さな提灯(ちょうちん)を手に、暗い森の中をさまよう、千尋。
ポケットには、市で手に入れた塗り薬。


ばさばさばさっ!

「きゃっ!」

突然の羽音は、蝙蝠(こうもり)か梟(ふくろう)か。
いきなり目の前に踊り出たものに驚いて、千尋は提灯を取り落としてしまった。

「ああっ!! 灯かりが!!」

じじ、と無情な音をたてて、しぼんでしまう、灯。

そして迫る、ぬばたまの闇。
音も光も飲み込む漆黒の空間に取り残された、人の子。


怖く、ないもん!
このくらい、なんでもない!


ぎゅっと、口元を引き結んで立ち上がったとき。
何かが、足元に擦り寄った。

「??」
かがみこんでみると・・・・・

ぽわぽわとした、丸っこい小さなみみずくのようなものが、少女を見上げていた。
白っぽい身体が少し透けていて、ぴんと立った耳と、まん丸なちっこい目がかわいい。

「あなた、だぁれ?」
えと。この子、どこかで見たことあるような・・・
あ! 神隠しにあう前、アニメビデオで見たことがあるんだ!
タイトルはたしか・・<となりのトトロ>・・!

ちびトトロは、千尋を差し招く。
なんだかよくわからないけど、あまりに一生懸命なその様子に。
見捨てておくこともできなくて。

導かれるままに、その後をついてゆくと・・・
ふっくらとした、巨木のもとへたどり着いた。

ちびトトロがその巨木の根元近くの大きな洞(うろ)にぴょんっと飛び込んだので、千尋も同じように、そこへ飛び込む。

と。
中は意外に広い空洞になっていて。

その中には、傷ついた動物達が何匹も蠢いていた。

中央に、ひときわ大きな『森の神』。
まるまるとした薄灰色の体、どこかとぼけたような小さなひとみ。愛嬌のある大きな口と、ふかふかの羽毛。
その、柔らかそうな身体のあちこちにも、傷が。

「たいへん。手当てしないと」
自分も急な事情を抱えてはいるのだが、ほおっておくわけには、いかない。
千尋はポケットから塗り薬を取り出すと、傷ついたものたちひとりひとりに、手際よく塗ってやる。
「あなたたちも、手伝ってね」
怪我をしていない、ちびトトロたちにも、軟膏を渡す。

薬は、とりあえず、得体の知れない偽物ではなかったらしい。
彼らの表情から、少しずつ苦痛の色が薄れてゆく。

ひととおりの手当てがすむと、千尋は急いでそこを立ち去ろうとした。

のだが。

ちびトトロが、千尋のTシャツの袖口を掴んで引き止めた。
「ごめんね。わたし、急いでいるの。ひとを、さがしているの」

一番大きなトトロが、千尋をつまみあげ、にぃ〜〜っと笑った。

「??」

どうやら、自分につかまれ、と言いたいらしい。

「あの、あなたが、連れてってくれるの?」

巨大な鳥(?)は、また、にぃ〜〜っと笑うと、その手の中からコマのようなものを取り出し、勢いよく回転させると、その上に飛び乗った。


千尋がそのふかふかした身体にしがみつくと、それは巨大な雄叫びを上げて、コマもろとも、いきなりずぼっと木のこずえを抜け、そのまま上空へ飛び上がった。
「うわぁ!!!」


森の風を吸い込んで。
夜空高く舞い上がる。

風を『切る』、のではなく、空気の力を集め、風に『なる』感覚。
胸に抱えている心配事を、思わず忘れてしまいそうな、爽快感。


足元から次々に生まれてくる、新しい風。
風が風を呼び、森を薙いで走る。



そのまま暗い森の中ほどまで疾走し。

やがて。
小高い、断崖の上に降ろされた。


「ここ?」
あたりに、捜し求める姿はないのだが。


「あ!」

草履!
泥に汚れた片方だけの草履が、月明かりの中に転がっている。

ハクは、油屋では『偉い人』だから。
履き物を脱いでも、自分でそれを片付けたりはしない。
かならず、蛙男とか、まわりの誰かが草履持ちをするのだ。

千尋がそれをしたことも、ある。
間違いない。
ハクの、草履だ!


ぐっと首をあげた少女の視線の先に、切り立った崖。
千尋は、そこへにじり寄り、その下を覗き込んだ。


「ハク!!!」
見つけた!

振り返ると、なぜか、怯えた表情の大トトロ。
草履を見つけた場所から、一歩もこちらに近寄ってこようとはしない。

「? ハクは怖くなんかないよ?」

大トトロは、ぶんぶんと頭を振ると、轟音と共に、千尋の前から飛び去って行ってしまった。


「ありがとーーーーーー!!!! お大事にねーーーーー!!!!!」
千尋は大きく手を振って、見送った。


眼下の谷底には。
大切な少年が、傷ついて倒れている。

ここからは、自分でやらなくては。


一歩、また一歩。
崖を慎重に下ってゆく。

待ってて。今行くから。


あと、少し。

もうすぐ、だから。


ぐらっ。

「きゃーーーーーーーっ!」

足場に選んだ小岩が崩れて、千尋は谷底にどーーーっと転がり落ちる。

「痛ぁ・・・・・」
背中やお尻がずきずきするけど。
とにかく、谷底に着いた。

そのまま、少年のもとへ這い寄って、抱え起こす。


「ハク、ハク?」
少年は薄く瞼を開けたが・・・それさえも、大儀で仕方がないというように、再び目を閉じてしまった。

傍らに小川が流れている。
千尋は、ハンカチを取り出してその水に浸し、ハクの傷を清める。
そしてそのひとつひとつに薬を塗り。
苦労して、さらしをしっかりと巻きなおした。

その場でできるだけの、手当てを済ませると。
あと、自分にできることは、限られている。

傷ついた少年の身体から、魂が逃げていかないように。
しっかりと、しっかりと、抱きしめた。
大切なその名前を、何度も繰り返し呼びながら・・・・・・



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