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「ハクーーーーー! おとうさーーーーん!」 小さな提灯(ちょうちん)を手に、暗い森の中をさまよう、千尋。 ポケットには、市で手に入れた塗り薬。 ばさばさばさっ! 「きゃっ!」 突然の羽音は、蝙蝠(こうもり)か梟(ふくろう)か。 いきなり目の前に踊り出たものに驚いて、千尋は提灯を取り落としてしまった。 「ああっ!! 灯かりが!!」 じじ、と無情な音をたてて、しぼんでしまう、灯。 そして迫る、ぬばたまの闇。 音も光も飲み込む漆黒の空間に取り残された、人の子。 怖く、ないもん! このくらい、なんでもない! ぎゅっと、口元を引き結んで立ち上がったとき。 何かが、足元に擦り寄った。 「??」 かがみこんでみると・・・・・ ぽわぽわとした、丸っこい小さなみみずくのようなものが、少女を見上げていた。 白っぽい身体が少し透けていて、ぴんと立った耳と、まん丸なちっこい目がかわいい。 「あなた、だぁれ?」 えと。この子、どこかで見たことあるような・・・ あ! 神隠しにあう前、アニメビデオで見たことがあるんだ! タイトルはたしか・・<となりのトトロ>・・! ちびトトロは、千尋を差し招く。 なんだかよくわからないけど、あまりに一生懸命なその様子に。 見捨てておくこともできなくて。 導かれるままに、その後をついてゆくと・・・ ふっくらとした、巨木のもとへたどり着いた。 ちびトトロがその巨木の根元近くの大きな洞(うろ)にぴょんっと飛び込んだので、千尋も同じように、そこへ飛び込む。 と。 中は意外に広い空洞になっていて。 その中には、傷ついた動物達が何匹も蠢いていた。 中央に、ひときわ大きな『森の神』。 まるまるとした薄灰色の体、どこかとぼけたような小さなひとみ。愛嬌のある大きな口と、ふかふかの羽毛。 その、柔らかそうな身体のあちこちにも、傷が。 「たいへん。手当てしないと」 自分も急な事情を抱えてはいるのだが、ほおっておくわけには、いかない。 千尋はポケットから塗り薬を取り出すと、傷ついたものたちひとりひとりに、手際よく塗ってやる。 「あなたたちも、手伝ってね」 怪我をしていない、ちびトトロたちにも、軟膏を渡す。 薬は、とりあえず、得体の知れない偽物ではなかったらしい。 彼らの表情から、少しずつ苦痛の色が薄れてゆく。 ひととおりの手当てがすむと、千尋は急いでそこを立ち去ろうとした。 のだが。 ちびトトロが、千尋のTシャツの袖口を掴んで引き止めた。 「ごめんね。わたし、急いでいるの。ひとを、さがしているの」 一番大きなトトロが、千尋をつまみあげ、にぃ〜〜っと笑った。 「??」 どうやら、自分につかまれ、と言いたいらしい。 「あの、あなたが、連れてってくれるの?」 巨大な鳥(?)は、また、にぃ〜〜っと笑うと、その手の中からコマのようなものを取り出し、勢いよく回転させると、その上に飛び乗った。 千尋がそのふかふかした身体にしがみつくと、それは巨大な雄叫びを上げて、コマもろとも、いきなりずぼっと木のこずえを抜け、そのまま上空へ飛び上がった。 「うわぁ!!!」 森の風を吸い込んで。 夜空高く舞い上がる。 風を『切る』、のではなく、空気の力を集め、風に『なる』感覚。 胸に抱えている心配事を、思わず忘れてしまいそうな、爽快感。 足元から次々に生まれてくる、新しい風。 風が風を呼び、森を薙いで走る。 そのまま暗い森の中ほどまで疾走し。 やがて。 小高い、断崖の上に降ろされた。 「ここ?」 あたりに、捜し求める姿はないのだが。 「あ!」 草履! 泥に汚れた片方だけの草履が、月明かりの中に転がっている。 ハクは、油屋では『偉い人』だから。 履き物を脱いでも、自分でそれを片付けたりはしない。 かならず、蛙男とか、まわりの誰かが草履持ちをするのだ。 千尋がそれをしたことも、ある。 間違いない。 ハクの、草履だ! ぐっと首をあげた少女の視線の先に、切り立った崖。 千尋は、そこへにじり寄り、その下を覗き込んだ。 「ハク!!!」 見つけた! 振り返ると、なぜか、怯えた表情の大トトロ。 草履を見つけた場所から、一歩もこちらに近寄ってこようとはしない。 「? ハクは怖くなんかないよ?」 大トトロは、ぶんぶんと頭を振ると、轟音と共に、千尋の前から飛び去って行ってしまった。 「ありがとーーーーーー!!!! お大事にねーーーーー!!!!!」 千尋は大きく手を振って、見送った。 眼下の谷底には。 大切な少年が、傷ついて倒れている。 ここからは、自分でやらなくては。 一歩、また一歩。 崖を慎重に下ってゆく。 待ってて。今行くから。 あと、少し。 もうすぐ、だから。 ぐらっ。 「きゃーーーーーーーっ!」 足場に選んだ小岩が崩れて、千尋は谷底にどーーーっと転がり落ちる。 「痛ぁ・・・・・」 背中やお尻がずきずきするけど。 とにかく、谷底に着いた。 そのまま、少年のもとへ這い寄って、抱え起こす。 「ハク、ハク?」 少年は薄く瞼を開けたが・・・それさえも、大儀で仕方がないというように、再び目を閉じてしまった。 傍らに小川が流れている。 千尋は、ハンカチを取り出してその水に浸し、ハクの傷を清める。 そしてそのひとつひとつに薬を塗り。 苦労して、さらしをしっかりと巻きなおした。 その場でできるだけの、手当てを済ませると。 あと、自分にできることは、限られている。 傷ついた少年の身体から、魂が逃げていかないように。 しっかりと、しっかりと、抱きしめた。 大切なその名前を、何度も繰り返し呼びながら・・・・・・ * * * * * |