「あンの、
助平龍〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!#」
ただでおくものかッ! と。
『櫻屋』の渡り廊下を、鼻息荒くどすどす歩いてゆく、狐娘。
あんな、離れ小島みたいなトコに、何にも知らない可愛いセンを連れ込みやがって!
なぁにが、なぁにが・・・
『妻』だーーーッ!!
冗談じゃあねぇっ!!!!!!
リンは。
カオナシの胃袋から生還し、事情を理解すると。
身体を清めるよりも先に。
『セン救出大作戦!』に乗り出すべく、彼女が拉致(?)されている別邸へと。
ぞろぞろぞろぞろぞろ。
怒り心頭の彼女の後から、ちうちう走ってくる坊ネズミ&ハチドリ、めそめそ泣きながら付き従うカオナシ、おろおろとくっついていく釜爺、なりゆきを面白がってついてくる銭婆、坊が行くなら一緒に行こうという程度の湯婆婆、うひうひ笑いのその他大勢@野次馬集団・・・。
実は。
ハクとセン、ふたりの一泊旅行をかぎつけたのは、坊ネズミ。
二人が廊下の隅っこでこっそり相談しているのを聞きつけて。
ライバルの『悪だくみ』を阻止すべく。
彼は母親に、『櫻屋』へ行きたい、行きたい行きたい行きたいーー!とだだをこねたのだった。
もとから一粒種には大甘の湯婆婆。
たいしてその理由も追究せず、社員旅行の行き先をあっさり『櫻屋』に変更してしまった。
銭婆とカオナシまでも同行しているのは、もちろん、坊のリクエスト。
・・・・・・ということで。
温泉宿『櫻屋』本館を占領した、『急な団体様』とは。
ほかならぬ、彼女ら『油屋従業員御一行様』だったのである。
「カオナシっ! こっちの部屋なんだなッ!?」
「あぅ・・・あぅう」
頷きながらも、自分が言いつけたことがバレると、あの龍に相当酷い目に合わされるのでは、とかなりびびっている黒いの。
の、背中を、釜爺がぽんと押す。
「カオナシ・・・。手ェ出すんなら、しまいまで、やれ」
ここか!
リンは別邸の格子戸をがら、と乱暴に開ける。
ばんばんと足音荒く部屋の中に踏み込むと、部屋の中はもぬけのからで。
「セ・・・」
大声で妹分を呼ぼうとしたとき、庭の透垣(すいがい)の向こうから、少女のすすり泣きと、なにやら宥めるように、もそもそと話す若い男の声が聞こえて来た。
む!
リンの胸中に際限なく嫌な予感が。
そっと透垣に近付き、音を立てぬよう中をうかがって・・・・彼女が目にしたものは。
あんのガキャーー!!!!###
ゆ、許さねぇーーーっっ!!!
透垣の向こうは、湯殿になっていて。
センはそこで、、、、男物の白い水干一枚背にかけてはいるものの、それ以外は糸一本身につけていないという、あられもない姿で、しくしくと泣いている。
その哀れな姿の少女を無理やりかき抱こうとしている、小憎らしい帳場頭の龍のガキが!
リンは、そこに立てかけてあった掃除用のデッキブラシをがっと掴み、湯殿に踏み込むが早いか、
ぱっかーーーーーーん!!!
ぶあしっ!
ばきっ!
どかっどかどかっ!
ぼこぼこぼこぼこぼこーーーっ!
「えっ?えっ!! リンさんーーー????」
「セン!いったい何があった? え? オレに言ってみろ?」
* * * * * * * * * *
・・・・・・。
遅い。
遅すぎる。
ハクは少々、いや、かなり心配になってきていた。
千尋が湯殿へ行ってから、もう半時(約1時間)以上は過ぎている。
宿帳も記入しおえたし、先ほど沙耶が煎れてくれた桜の茶は、もうとっくに飲み干した。
そろそろ夕食も運ばれてくるころ。
女の風呂は長いとは言っても。
おかしい。
何か、あったのでは。
心配になりだすと。
悪い方へ悪い方へと想像は進んでしまう。
ハクは立ち上がると、湯殿へ向かい、脱衣所から透垣(すいがい)ごしに遠慮がちに声をかけた。
「千尋? どうかしたのか? 千尋?」
うつむいて、その視線は、あくまでも、湯殿を避け。
返事がない。
今度はかなり大きな声で呼びかけた。
「千尋! そこに、いないのか?!」
と。
「は〜〜くぅ〜〜〜〜〜〜〜」
消え入るような声で、返事が。
ただごとではない!
ハクは胸がつぶれるような思いにかられ、叫ぶ。
「千尋! 何かあったのか? 千尋?!・・・・・悪いが、入るぞ?!」
岩風呂を取り囲むように植え込まれている、手入れの行き届いた熊笹の茂みを掻き分けて中に入ると。
「ごめんなさい〜〜〜〜〜気持ち悪くなっちゃったのぉ〜〜〜〜〜〜」
湯船から上半身を出して、突っ伏している、少女。
「千尋!」
少年は大急ぎで自分の白い水干を脱ぐと、ぐったりとした少女をそれに包み込んで、湯から引き上げる。
「のぼせちゃったの〜〜〜〜〜」
「だいじょうぶ、すぐに涼しいところへ連れていってあげるから・・・ごめんよ、私がもっと早く気付けばこんなことには・・・」
「ふぇえええん、ごめんねぇええ」
ああん。気持ち悪くて、涙まで出てきちゃったよぉおおお。。。
「泣かなくて、いいから」
目のやり場に困りつつ、足元のふらつく千尋を横抱きに抱え上げようとしたとき。
ぱっかーーーーーーん!!!
リンの渾身の一撃が、ハクの後頭部に命中したのだった。
ぶあしっ!
ばきっ!
・・・・(以下略)。
「えっ?えっ!! リンさんーーー????」
がんがんする頭を抱え、千尋が身を起こすと。
「いったい何があった? え? オレに言ってみろ?」
デッキブラシを肩に、はあはあと荒い息をしているリン。
と。
目の前にがっくりと倒れている、・・・ハク。
そして、後方には、わやわやと物見高い『その他大勢』も。
「セン、無事だったか!? お前、トロイから、、、ほんっとにもう!」
「え? え? あのっ??」
「あれほど、油断するな、分からない事はオレに聞け、って言ったろ?! ああ、まったく!」
が、千尋は倒れている少年が心配で。
彼の傍らにひざまづき、懸命にその名を呼ぶ。
少年はかすかに残る意識の底で、その愛らしい声を、聞いた。
「ハク、ハク、だいじょうぶ??・・・・・・・ハク、息してない!!」
ま、まだ、しているっ!
「お腹がいっぱいで寝てるんだよッ」
・・・・わ、、私は豚かっ!!!
「ねぇ、返事して、ハ・・」
「ぎゃーーっ、セン、そんな奴に触んじゃねー!! エンガチョ! セン! エンガチョ!」
・・・ひ、人を、タタリ虫みたいに言うなーーーーっ!!!!
・・・・・・それきり、彼の意識は途絶え。
桜花けぶる月空に、こぷこぷと湯の音だけが響いていた。
* * * * * * * * * * *