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 花筏(はないかだ) <5> 

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「あンの、助平龍〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!#


ただでおくものかッ! と。
『櫻屋』の渡り廊下を、鼻息荒くどすどす歩いてゆく、狐娘。



あんな、離れ小島みたいなトコに、何にも知らない可愛いセンを連れ込みやがって!
なぁにが、なぁにが・・・

『妻』だーーーッ!!



冗談じゃあねぇっ!!!!!!



リンは。
カオナシの胃袋から生還し、事情を理解すると。
身体を清めるよりも先に。



『セン救出大作戦!』に乗り出すべく、彼女が拉致(?)されている別邸へと。




ぞろぞろぞろぞろぞろ。


怒り心頭の彼女の後から、ちうちう走ってくる坊ネズミ&ハチドリ、めそめそ泣きながら付き従うカオナシ、おろおろとくっついていく釜爺、なりゆきを面白がってついてくる銭婆、坊が行くなら一緒に行こうという程度の湯婆婆、うひうひ笑いのその他大勢@野次馬集団・・・。







実は。


ハクとセン、ふたりの一泊旅行をかぎつけたのは、坊ネズミ。
二人が廊下の隅っこでこっそり相談しているのを聞きつけて。

ライバルの『悪だくみ』を阻止すべく。

彼は母親に、『櫻屋』へ行きたい、行きたい行きたい行きたいーー!とだだをこねたのだった。


もとから一粒種には大甘の湯婆婆。

たいしてその理由も追究せず、社員旅行の行き先をあっさり『櫻屋』に変更してしまった。




銭婆とカオナシまでも同行しているのは、もちろん、坊のリクエスト。



・・・・・・ということで。


温泉宿『櫻屋』本館を占領した、『急な団体様』とは。
ほかならぬ、彼女ら『油屋従業員御一行様』だったのである。







「カオナシっ! こっちの部屋なんだなッ!?」

「あぅ・・・あぅう」
頷きながらも、自分が言いつけたことがバレると、あの龍に相当酷い目に合わされるのでは、とかなりびびっている黒いの。


の、背中を、釜爺がぽんと押す。

「カオナシ・・・。手ェ出すんなら、しまいまで、やれ」






ここか!

リンは別邸の格子戸をがら、と乱暴に開ける。


ばんばんと足音荒く部屋の中に踏み込むと、部屋の中はもぬけのからで。


「セ・・・」
大声で妹分を呼ぼうとしたとき、庭の透垣(すいがい)の向こうから、少女のすすり泣きと、なにやら宥めるように、もそもそと話す若い男の声が聞こえて来た。



む!



リンの胸中に際限なく嫌な予感が。





そっと透垣に近付き、音を立てぬよう中をうかがって・・・・彼女が目にしたものは。




あんのガキャーー!!!!###
ゆ、許さねぇーーーっっ!!!






透垣の向こうは、湯殿になっていて。


センはそこで、、、、男物の白い水干一枚背にかけてはいるものの、それ以外は糸一本身につけていないという、あられもない姿で、しくしくと泣いている。


その哀れな姿の少女を無理やりかき抱こうとしている、小憎らしい帳場頭の龍のガキが!





リンは、そこに立てかけてあった掃除用のデッキブラシをがっと掴み、湯殿に踏み込むが早いか、




ぱっかーーーーーーん!!!


ぶあしっ!
ばきっ!
どかっどかどかっ!
ぼこぼこぼこぼこぼこーーーっ!







「えっ?えっ!! リンさんーーー????」

「セン!いったい何があった? え? オレに言ってみろ?」


* * * * * * * * * *








・・・・・・。




遅い。





遅すぎる。





ハクは少々、いや、かなり心配になってきていた。

千尋が湯殿へ行ってから、もう半時(約1時間)以上は過ぎている。

宿帳も記入しおえたし、先ほど沙耶が煎れてくれた桜の茶は、もうとっくに飲み干した。
そろそろ夕食も運ばれてくるころ。




女の風呂は長いとは言っても。
おかしい。



何か、あったのでは。




心配になりだすと。
悪い方へ悪い方へと想像は進んでしまう。



ハクは立ち上がると、湯殿へ向かい、脱衣所から透垣(すいがい)ごしに遠慮がちに声をかけた。

「千尋? どうかしたのか? 千尋?」
うつむいて、その視線は、あくまでも、湯殿を避け。



返事がない。

今度はかなり大きな声で呼びかけた。


「千尋! そこに、いないのか?!」


と。


「は〜〜くぅ〜〜〜〜〜〜〜」

消え入るような声で、返事が。



ただごとではない!
ハクは胸がつぶれるような思いにかられ、叫ぶ。

「千尋! 何かあったのか? 千尋?!・・・・・悪いが、入るぞ?!」



岩風呂を取り囲むように植え込まれている、手入れの行き届いた熊笹の茂みを掻き分けて中に入ると。



「ごめんなさい〜〜〜〜〜気持ち悪くなっちゃったのぉ〜〜〜〜〜〜」

湯船から上半身を出して、突っ伏している、少女。


「千尋!」

少年は大急ぎで自分の白い水干を脱ぐと、ぐったりとした少女をそれに包み込んで、湯から引き上げる。

「のぼせちゃったの〜〜〜〜〜」


「だいじょうぶ、すぐに涼しいところへ連れていってあげるから・・・ごめんよ、私がもっと早く気付けばこんなことには・・・」

「ふぇえええん、ごめんねぇええ」
ああん。気持ち悪くて、涙まで出てきちゃったよぉおおお。。。

「泣かなくて、いいから」

目のやり場に困りつつ、足元のふらつく千尋を横抱きに抱え上げようとしたとき。






ぱっかーーーーーーん!!!



リンの渾身の一撃が、ハクの後頭部に命中したのだった。



ぶあしっ!
ばきっ!

・・・・(以下略)。





「えっ?えっ!! リンさんーーー????」

がんがんする頭を抱え、千尋が身を起こすと。


「いったい何があった? え? オレに言ってみろ?」

デッキブラシを肩に、はあはあと荒い息をしているリン。

と。

目の前にがっくりと倒れている、・・・ハク。


そして、後方には、わやわやと物見高い『その他大勢』も。



「セン、無事だったか!? お前、トロイから、、、ほんっとにもう!」
「え? え? あのっ??」
「あれほど、油断するな、分からない事はオレに聞け、って言ったろ?! ああ、まったく!」




が、千尋は倒れている少年が心配で。
彼の傍らにひざまづき、懸命にその名を呼ぶ。

少年はかすかに残る意識の底で、その愛らしい声を、聞いた。




「ハク、ハク、だいじょうぶ??・・・・・・・ハク、息してない!!

   ま、まだ、しているっ!


「お腹がいっぱいで寝てるんだよッ」

   ・・・・わ、、私はかっ!!!


「ねぇ、返事して、ハ・・」
「ぎゃーーっ、セン、そんな奴に触んじゃねー!! エンガチョ! セン! エンガチョ!


   ・・・ひ、人を、タタリ虫みたいに言うなーーーーっ!!!!









・・・・・・それきり、彼の意識は途絶え。


桜花けぶる月空に、こぷこぷと湯の音だけが響いていた。




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