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 花筏(はないかだ) <6> 

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気がつくと、龍の少年は座敷に寝かされていた。



うっすらと目を開けると・・・
枕元で、蜘蛛の老人がコップ酒をあおりながら、ついてくれている。


「おじいさん・・・・わたしは・・・?」
「おお、ハク、気がついたか」

「おじいさん。センはどこです。何があったのでしょう。教えてください」
「お前、何も覚えていないのか」
「・・・・切れ切れにしか」


「センはのう、ちょっと気分がすぐれんようじゃから、奥座敷に寝させておるわ」

ハクは血相を変えてがば、と飛び起きる。
「センの具合は!? 相当悪いのですか?」

「あ、いや、たいしたことはないぞ。湯当たりじゃ。心配いらんわ」


ほっと、胸をなでおろす、ハク。





縁側からわいわいとにぎやかに宴を張っているらしい声が聞こえてくる。


「皆がのう、この部屋は夜桜の眺めがよいからとな、庭で花見宴会を開いとるんじゃ。」
「なぜ、油屋の皆がここへ・・・?」
「それはその・・・・愛じゃよ、愛じゃ! わからんか」
「・・・・わかりません」





もごもご言いながら蜘蛛の老人は、少年にコップ酒を回し。

「よう、ハク、なんだ、その・・」
「はい」
「惜しかったのう」
「・・・・・・・」



ハクは、まわされた酒を一口含み。
それからおもむろに、懐から薄様(うすよう)の紙を一枚取り出した。


「あの。おじいさん。実は」

「ん?」

「これを、センに渡そうかと思うのですが。」

「ああ、例のアレか」


薄桃色の花びらを梳き込んだ、手触りのよいその紙を開くと。
品のよい香りがほぉっとあたりに漂った。
紙に香を焚きしめておいたのだろう。


そこには、淡い墨色も目にやわらかく、美しいがきちんとした文字で、歌が一首したためられてあった。
仮名遣いも、今時のものに、書き改めてある。




いにしえの 花の宿りに 渡り寄る 胡蝶の想い 見するよしもがな





うつむいて、やや頬を染めている少年を、釜爺は目を細めて見やる。


「喜んで、もらえるでしょうか」

「そりゃあそうじゃ。・・起き上がれるのなら、見舞いがてら渡しに行ってきたらどうじゃ。」



それを聞いて、少年の顔はぱっと明るくなり。

「では、そうしてきます」


ハクは、甕(かめ)に挿してあった八重桜の中から、手ごろな枝をひとつ折り取ると、それに歌をきゅっと結んだ。

「ありがとうございました」


頭を下げて部屋を出て行こうとするハクに、釜爺はもう一度声を掛けた。


「あのな。一言いっておきたいんじゃがな。」
「はい」
「ハク! いいか!?」
「はい?」
「手ェ出すんなら、しまいまでやれ!!」
「はあっ?!」
「ことわられても、ねばるんじゃよ」
「あ、あの、おじいさん?」
「ぐっどらーーーーっく!」
「あ、あのーー?????」


首をかしげながら部屋を出てゆく龍の少年と入れ違いに、男勝りな足音とともに噛み付くような若い女の声が聞こえた。

戸口のあたりで、「あんた釜爺にお礼いったの?!世話になったんだろう?」などと乱暴に言い放っている。


・・・・ああ。リンじゃな。疑いようもなく。




「なんなんだよ、あいつ。むっつりしやがって」
ぶっつりふくれた顔で、どすどすと入ってくる狐娘。


手には、酒と、肴やつまみなど幾品か載せた盆。
釜爺にと、持ってきたのだ。
釜爺が-------自分がぺちゃんこにのした相手の介抱を買って出て、-------宴席から離れたのを気に病んだらしい。
律儀なところのある、娘だ。




「まあ、そう言うな。ハクもあれでなかなか可愛いとこも、あるんじゃ。」

「なんだよ」

「センにのう。歌を贈りたいというてな。これでいいかなどと、赤い顔をしてわしに聞きにきおったわ」

「げ。歌だってぇ?」

「『いにしえの 花の宿りに 渡り寄る 胡蝶の想い 見するよしもがな』というやつだったな。紙なども趣味のよいものを選んでおったぞ」

「ふーん」

リンはさほど興味もなさげに、釜爺のコップに酒を注ぐ。


「おや。お前、怒らんのか?」

「えーーー。だって別に、やらしい内容じゃないし。花だの、蝶々だの。可愛いもんじゃんか。んーー。『はやく元気になって、桜の花や蝶を見よう』、ってな意味かい?」


実は、先程は少々やりすぎたかと、反省もしている狐娘。
見舞い代わりに花の歌を贈る、ってぇくらい、大目に見てやるか、と。



「・・・・・。これはなぁ。愛じゃよ愛。」

「えー?」

「こういう歌のな、『花』っつうのは、普通女のことをさすんじゃ。むろん、そこに引き寄せられてくる『蝶』ってのは、『花(=娘)に恋する男』のことじゃい。」

「な、なんだってぇ・・?」

「つまりな、『桜の花のように美しい貴女に恋い焦がれるはかない蝶のような私の想いをなんとか見せる方法はないものだろうか』というような意味じゃな。」


「な、な、、、なにを言いやがる、あの、マセガキ龍・・・・」
リンはもう、わなわなと震え始めている。


「まあ、、『表向き』はな。。。。」

「んあっ? まだ『裏』があんのかよ?!」

「・・・もとよりセンにはわからんだろうがなぁ。深読みすればじゃな」

コップ酒をちびちびやりながら、釜爺は説明してやった。



いにしえの 花の宿りに 渡り寄る 胡蝶の想い 見するよしもがな




『花の宿り』は、ここ『櫻屋』のこととも取れるが。
女性の寝所』をほのめかしている、とも考えられるし。

『渡り寄る』の『渡る』には『やってくる』、という意味のほかに『妻問いする、しのんでくる』という意味もある。

しかも、『寄る』には、『』が掛けてあるかも。

とどのつまりは、『見す』。
むろん素直に取れば『見せる』だが。
めあわせる、結婚させる』という意味もある。



「そ、、、それ、、、って、、、、夜這いしてもいいか、 っていう意味じゃねーか!!!

もう、リンの頭にはがーーーーっと血が上っている。



「・・・・まあ、そこまでうがってかかっては、ハクが可愛そうじゃ。せいぜい、『いつの日か、めおとになりたいと思うほどに真剣に好きだ』くらいのつもりじゃろ」


「じょ、冗談じゃねぇ!!!!あんの、むっつり龍!!!!!しょうこりもなくーーーッ!!!」


リンはまなじりを吊り上げ、だん!!と立ち上がる。


「ああ!? これ、リン!!!! どこ行くんじゃーーー!!!」


またまたデッキブラシを抱え、肩怒らせて出てゆく狐娘。


を、釜爺は慌てて止めようとしたのだが。
残念ながら、さきほどからあおっていたコップ酒が足(手?)にきていたらしく、・・・間に合わなかった・・・・・






庭の方からは、相変わらず夜桜の下でどんちゃんやっている様子が聞こえてくる。






はらはら散る花びらの下、満月の夜は明るく。舞台効果は満点。

花見宴会は最高潮に盛り上がり。



アイドルデュオのノリで腰を振り振りカラオケマイクを握り締める双子魔女だの。


沙耶嬢の伴奏で覚えたての童謡とお遊戯を披露し、「かわいいーーーッ」と好評だったので機嫌をよくしている坊だの。


グリークラブ顔負けのハーモニーで合唱する蛙男たちの、
「かえるのうた」「おたまじゃくしはかえるの子」「ど根性○エル」のメドレーだの。
(父役がソロで少々音をはずしたのは・・・まあ、ご愛嬌♪)


元気に歌い踊る身長低めの小湯女4人組を従え、
殿様カツラに金の羽織といったいでたちで「ア○〜〜ン♪」を決めるカオナシだの。



とにかく、賑やかなこと、この上ない。




・・・どこからか、狐娘のおたけびと少年の悲鳴のようなものが聞こえたような気もするが。


華やかな花の宴の賑わいの中に。
それらは、すっかりとかき消され。


花筏なす川面に流されていってしまったらしい。





<<< 花筏 おしまい >>>



** ♪おまけ♪ **

千尋 作。

ハクにもらった歌へのおかえしのうた。



きれいだね 花のお宿の 夜桜は となりにハクが いてくれるから




<<< 花筏  ほんとにおしまい♪ >>>




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