「あ、あの? ご用の向きは、なんでしょうか?」
取次ぎに出た千尋が、従者たちに尋ねる。
そろそろ、うたげもお開きのころ。
女あるじが落ち着いたら、自分達も家路につく予定でいたのだ。
千尋としては。。。ハクについての情報を何一つ得られなかったのが、非常に心残りではあったのだけれど。
彼らの先頭にいた男が、小箱の中から、小ぶりな履物を取り出した。
水晶で作られた、見るからに高価そうなハイヒール。
カットグラスのような繊細な細工が全面にほどこされていて、きらきらと虹色に光っている。
「この履物に足の合う娘御を探しておるのでございます」
「はぁ?」
「実は・・・・今宵のうたげは、このために皇太后さまが催されましたもので・・」
後宮に后のひとりも入れようとしない竜王に、しびれを切らした皇太后が、その理由をこんこんと問い詰めたところ、とうとう竜王は、想い人がいると白状したそうで。
ところが、いざ、それが誰なのかという段になると、のらりくらりとかわしてしまう。
そこを、どうしても、と朝も昼も晩も詰め寄ったところ、根負けした竜王が母龍に示したのがこのハイヒールだとか。
この履物の持ち主が、そうなのだ、と。
名前も素性もわからないのだが、その娘なら、入内させる、と。
要するに早い話、この宴は、その娘を探すために開かれたもの。
「他の姫君方のところには、もう、回ってまいりましたんですけど、どの御方も、違いまして・・・それに、これはどう見ても舶来もんの履物のようやと思いますので・・・・こちらの姫君方のものではありませんやろか」
その言葉が終わるか終わらないか。
ばーーーっっ!と走り出てきた魔女姉妹。
奪い合うようにしてそのハイヒールを手に取る。
・・・・・持っている。こういう靴なら。
いや、この際、自分のものかどうかは問題ではない。
とにかくこれが履ければ、いいのだ。
そうすれば、とんでもないチャンスが、巡ってくるのだ。
叫んだのは、二人同時。
「「これはっ! わたくしのですっ!!!!」」
どこかで聞いたような話・・・ではあるが、まあ、そんなことはどうでもよく。
双子魔女たちは、われ先にそれに足を押し込もうとしたのだった。
・・・・・・が、その靴は、彼女らの足には少々小さすぎて。
「ええええーーーーーー????」
「そんなそんなそんなっーーーーー!?!?!」
がっくりと肩を落とす、従者たち。
「・・・おおきに、どうもお邪魔いたしました。お人違いやったようで・・・」
気の毒なほど萎れて出てゆく彼らを、渡殿(わたどの)の先まで千尋が見送る。
「おつとめ、ご苦労様でした。はやく、お探しのかたが見つかるといいですね。・・・ところで、あのう・・・すみません、わたし・・・」
白い龍の男の子を捜しているんですが、と言おうとしたとき。
従者の一人が、ふと、千尋に目を止めた。
「あの・・・失礼やけど、あんたはんも、異国からお渡りのお人で?」
「え? わたしがですか?? いいえ?」
千尋のそのときの服装は・・・
紺色の丈長のワンピースに、白いフリルのカフスとエプロン。
湯屋の小湯女の水干姿ではあんまりだということで、西洋の城のメイドのような格好をさせられて、妹魔女のお供をしてきたのだ。
まあ、彼らの言うところの、『舶来風の』装いということになるのか。
顔立ちはどう見ても、そうではないだろうけれど。
「なあ、ものは試しや。嬢はん、ちょっとこれ、履いてみてもらえませんやろか?」
「えっ? えっ?? あのっ??」
私は違います、と首を振る少女。。
しかし。
まあ、ええからええから、とその靴をを履かされて。
「あああ、よかった!!! 見つかりましたでーーーーー!!! このお人やーーーーー!!!」
なぜか、そのハイヒールは、千尋にぴったりと合ったのだ。
ひょうたんから駒というか、なんというか。
大喜び、お祭り騒ぎの、従者達。
よかったよかったと大騒ぎしながら、千尋を竜宮の奥深くへと連れていってしまう。
「ええええええーーーーーーっ!?!?! 違います、人違いです、わたし、その靴の持ち主じゃありませんー!! あのっ、ちょっと待ってーーーー!」
千尋の叫びは完全に無視され、唖然として立ちすくむ魔女たちの目の前で、瞬く間にその場から連れ去られてしまった・・・・・・
「な、なんでシンが・・・?」
「さぁ・・・・・・・・・?」
二人の魔女は顔を見合わせる。
が。
冗談じゃない!
横合いからおいしいとこを持っていかれて、なるものか。
魔女達の頭に。
同時に、ひとつの考えが浮かんだ。
「靴がはけりゃ、文句ないんだよねぇ?」
「それなら、話は早いよ」
体の大きさを変えればいいのなら。
とっておきのものが、森にある。
善は急げ。
二人は鳥の姿となり、われ先にと姿を消した。
* * * * * * * * * * * * * * *
ちょっと、待って!
わたし、竜王さまが探してらっしゃる娘じゃありません!!!
そんな靴、見たこともないんです!!
千尋がどんなに叫んでも、聞き入れてもらえない。
従者たちは、よかった、よかったと口々に言いながら、千尋を竜宮の奥深くへ連れて行ってしまう。
そして、宮の女官たちに引き渡され。
あれよあれよという間に、湯浴みと化粧をさせられ、美しい綾絹の衣装を着せられて。
雛人形のような姿で、ずるずると引っ張り出された場所は。
竜王の私室だった。
真珠の玉座、紅珊瑚の蜀台、瑪瑙(めのう)の文机(ふづくえ)。
御簾(みす)には、とりどりの玉を磨き上げて連ねた房飾り。
信じられないほどの贅をつくしていながらも、けばけばしさを感じさせないところに、趣味の良さを感じさせる一室。
しかし、その豪華さは、千尋を圧倒させるばかりで。
彼女はまだ無駄な抵抗を続けていたのだった。
「よい知らせにございます。お探しの娘が見つかりました。」
じたばたともがく千尋の両腕を、屈強な従者たちががっしと掴んでいる。
まるで、強奪。逃げ出すこともできない。
「何? 見つかったと?」
御簾(みす)の向こうの寝台に横たわっていた人影がゆっくりと身体を起こす。
意外だ、そんなばかな?とでも言いたげな声色。
「はっ。仰せのとおり、水晶の舶来靴にぴったりと合う足の娘にございます。」
「まことか?」
「ははーーーーっ」
従者達はふたことみこと、竜王と言葉を交わすと、千尋をその部屋に残し、出て行ってしまった。
ばたん。
扉の閉まる、重い音。
がちゃり。
鍵が掛けられる音が、こんなに嫌な響きを持っていたと、初めて知った。
知らない偉い男の人と、二人だけでひとつの部屋の中にいるというのは、なんて居心地が悪いのだろう。
自分の部屋でハクと一緒にいるときには、こんなふうに思ったことは一度もないのに。
「苦しゅうない。近う」
御簾の向こうの寝台から呼ぶ、男の声。
おなかにずん、と響く、低い声。なんともいえない、威圧感。
あまり、機嫌がいいとはいえないような・・・むしろ怒っているようにも、聞こえる、大人の声。
・・・どうしよう・・・。
重苦しい空気に押しつぶされそうになりながら、千尋は今するべきことを必死で頭の中で整理した。
きちんと、説明しよう。
きっと、わかってもらえる。
足のサイズが同じ娘なんて、いくらだっているはず。
ちゃんと顔を見てもらえば、人違いだということは簡単にわかるに決まっている。
そして・・・・ハクのことを尋ねてみよう。
龍の王様なのだから、何か知っているかもしれない。
ここまで来たのだから。
だめでもともと。
聞いてみよう。
そうは思ったものの。
御簾の向こうの男が、ゆらり、と立ち上がろうとしたのを見て、千尋は一瞬、びくんとひるんだ。
本能的に後方へ飛びのこうとして、着慣れない裾の長い衣装に足を取られ、ずてん!と転ぶ。
髪に飾られていた金銀の装飾品がばらばらと床に散らばった。
あわてて起き上がろうとしたのだが、重たい衣装の中に半ば埋もれているような状態で、うまく動けない。
御簾がするすると巻き上がり、中から背の高い男性が姿を現した。
千尋はさらに混乱し、なんとか体勢を立て直そうと、じたばたと手足を泳がせる。
と。
どささーーーーーっ。
大汗をかきながら、ごもごもともがいているうち、衣装の留め紐が緩み、着物がなだれのようにその身から崩れ落ちてしまった。
着崩れた衣の海に足を取られ、もがけばもがくほど、細い肩からは衣装がずれ落るし、襟元はゆるんで華奢な胸元がはだけてくるし、あげくの果てには袴(はかま)の括り紐までほどけてきて、どうしようもない格好になってしまう。
「そなたは、あの異国の姫の侍女やな? あの履き物に、足が合うたと申すのか?」
ゆっくりと近づいてくる竜王は詰問の口調で。
千尋の混乱にさらに拍車をかける。
「あああああああのっ!!! 実はわたしっ、靴がっ、ハクとはぐれちゃって、足が、違うんです、だから、お后さまとかは、そのっ、!!」
順序だてて説明しようと思っていたはずなのに、動揺して口から飛び出す言葉は、準備したとおりに出てきてくれない。
尻餅をついたまま、あられもない姿でおろおろとしている少女。
さすがにその姿に同情したのか、王は娘のそばにかがみこみ、少し口調を柔らげて、尋ねた。
「そなた。名は何と言う?」
着崩れた胸元を整えてやろうと、襟の合わせに手を伸ばす。
が、千尋は首元に伸びてきた男の手の感触に、心臓がちぎれそうになった。
--------しっかりしなきゃ!
と、思う気持ちとは裏腹に。
ほとんど泣き声で、千尋の口から出てきた言葉は。
「ハクーーーーーーーーーーーーーう!!!!」
* * * * *
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