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<<<夜伽ばなし 其の三 "啄木鳥(きつつき)">>> 第十一夜

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空気の割れる、音。

時のはざまから闇を切り裂く、咆哮。

しろがねにきらめく刃(やいば)のような、美しい龍身。

怒りに打ち震えるその姿は。

青い炎となって二人の間に割って入った。





自分の名を呼ぶ、悲鳴まじりの声。
崩れて額にこぼれる髪。
今にも泣き出しそうな少女の顔。
乱れた襟元に伸ばされた、男の手。


それらのすべてが。
ハクの怒りを爆発させるに充分であった。




空(くう)を切り割いて姿を現した若い白龍は、
男に渾身の体当たりを食らわし、その喉元めがけて牙を剥いた。



--------- 許さぬ!! ---------




翡翠の瞳に走る猛々(たけだけ)しい殺意。
その姿は獰猛(どうもう)な獣以外のなにものでもなかった。


「曲者!」

不意をつかれて一瞬大きく体勢を崩した竜王は、間一髪床に転がって相手の牙をかわし、起き上がりざま、白龍の顎を蹴り上げる。


顎に衝撃を受けつつも、白龍は長い胴をうねらせてその足を絡め取り、そのまま相手の身体に取り付いて締め上げた。

ぎりぎりと全身を締め付けられた竜王は、うう、とうめき声を漏らし。

しかし、大きく身をよじって片腕だけをようやく緊縛から解き放つと。

その勢いで銀の懐刀を抜き、白龍の脇腹に突き立てた。






    ------------------千尋の頭の中が、真っ白になる。




ずぶり。
鈍い音。


竜王の刀は、龍の固い鱗をものともせず突き破り、その刃は内臓にまで達した。
龍の顔が苦痛に歪む。






目の前で起こったことが、信じられず、立ちすくむ少女の目の前で。




竜王は細身の刀を白龍の身体から、ざん、と抜き取った。


とたん、部屋中に充満する生臭い龍の血液の臭い。
視界は赤黒く霞み。
男に取り付いていた体が、ずるずると緩む。

竜王はその隙を逃さなかった。
返り血に染まった身体で龍の戒めから抜け出すと、もう一度、その背に刀で一撃を加えた。



大量の出血と激しい疼痛に、白龍の意識が一瞬遠のきかける。
が、彼は自らの意思で、もう一度、その意識を手繰り寄せた。


鮮血と苦痛は憎悪を増幅させる。
手負いの若龍が翡翠の瞳を血走らせ、もう一度男に食いかかったとき。


竜王は、すらりとした見事な白龍にその姿を変えた。
ハクよりも、ひとまわり大きな、銀のたてがみの白い龍。


両の白龍がにらみ合い、組み合う。
唸り、吼え、切り裂き、食らいつき、・・・・二頭の猛獣の闘いは目を覆うばかりに凄まじく。

しかし。
手負いの龍が劣勢であることは否めようもなく。


銀のたてがみの龍が、翡翠の瞳の龍の喉にがっ、と噛み付いたのを最後に。


血だるまの白い龍は、どおと床に崩れ落ちた。









「いやーーーーーーーっっっ!!!!!」






千尋は枷(かせ)となる重い衣装を力まかせに脱ぎ落とし、
血まみれの白龍のもとへ、狂ったように駆け寄る。



伏蝶(ふせちょう)をいろどった襲袿(かさねうちぎ)も。
金糸(きん)の菊花菱(きっかひし)を縫い取った裳(も)も。
何もいらない。

欲しいものは。
目の前で血だらけになって苦しんでいる、いとしいひと。



--------- 死なないでーーーー!! ---------




蘇芳(すおう)、薄蘇芳、萌黄(もえぎ)、紅。
床に広がる、彩なす衣の海を乱暴に踏み散らして。


白い単(ひとえ)と、着乱れた袴だけの姿で走り寄ってくる少女を。
傷ついた龍は。
懸命に頭を上げ、血にうねる身体で抱き取った。





ああ!
わたしの!白い龍!!!

会いたかったの!!
探したの!!!

どうして、こんなことに!!




少女はそのたてがみにしがみつき、あんあんと声を上げて泣き出した。

その頬をつたうしおからいものを、白龍は細い舌で舐めとってやる。


が、それなり力を失い、冷たい床にくず折れると、少年の姿となった。



ぐったりとした少年を抱き締める千尋を、人の姿に戻った竜王が肩で息をしながら問い詰める。
「娘。靴が合うたなどとたばかって、・・・そなたが、こやつを手引きしたのか?!」


涙でぐしょぐしょに摺りなした赤い顔で、千尋は彼をぐっと睨む。
「手引きだなんて! わたしは、人違いでここに連れてこられただけです! なんて酷いこと・・・・」


「あの舶来靴は誰の足にも合わぬはず。そのように、朕が作ったもの。・・・初めからおかしいと思うておった」

「だから!違うって言ってるでしょ!!!」



千尋の言葉には耳も貸さず、竜王はつかつかと歩み寄ると、血まみれの少年の襟首をぐい、と掴んだ。


「だめ!!」
このひとはぜったい渡さない!!!!


千尋がハクを自分の胸にひしと抱き締めたとき。



「??」



ハクの懐から、なにか白いものが、ぱらり、と落ちて。
磨き上げられた固い床の上で、乳白色に光った。


「これは!?」
竜王の顔色が変わった。


床に落ちたものは。
子供の手の中におさまるほどの大きさの、蛤(はまぐり)の貝殻いちまい。


・・・・・ハクが浜辺で竜宮の若宮を救い出したおりに、幼い彼から『褒美』として与えられたもの。




竜王はそれを拾い上げ、手にとってしげしげと眺める。




と。
部屋の外がにわかにざわざわと騒がしくなった。


「もうし。何事であらしゃいますか?!」
「帝! 誰ぞ、そこにおりますのか?!」
騒ぎを聞きつけて、人が集まってきたらしい。



どうしよう、どうしたらいいんだろう、と千尋がおろおろしていると。



竜王が搾り出すような声を出した。

「何事もない。皆、下がれ。・・・相模(さがみ)は、・・・相模はおらぬか?」



「あ!はいはいはいーーっ!!! 相模はここに!! ここにおりますー!! どないしはりましたーー!?」





扉の向こうから返答する声に、ハクは聞き覚えがあった。

かすれそうになる意識の中で、記憶を手繰り寄せる。
この声は・・・・。

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