そのころ、ハクは。
愛しい少女の姿を追い求めて、時の流れの中を懸命に泳いでいた。
白龍の一歩前を進む、青い龍と共に。
「琥珀はんーー! こっちや!近いでーーー!」
この、時空の歪んだ空間でハクを先導していのは、一頭の青い龍。
竜宮城の麗しき中宮の局(つぼね)に仕える者で。
やんごとなき出自でもなく、とりたてて有能なわけでもないのだが、機転がきいて愛想がいいし、フットワークも軽い男なので、ちょっとした頼み事などには重宝され、器用に宮廷社会を泳いでいる。
時渡りの能力にはずばぬけて長けており、そしてなぜか、嗅覚が異常に鋭いという。
ハクのにおいを覚えて、警察犬よろしく、千尋の探索に協力しているのだ。
千尋が、ハクの髯で作った指輪を身につけているはずだから。
そのにおいをたよりに、千尋を捜そうというのだ。
時の流れをかきわけて、しなやかに泳ぐ、二頭の龍。
「琥珀はん、あんた、結構、世間の荒波にもまれた匂い、してはるな。ちぃっと、龍らしゅうない匂いもまじっとるし。血ィの匂いもするなぁ。ずいぶんやばいこと、してはったんちゃうかー?」
なんだか、ぺらぺらと口数の多い龍だ。
どちらかといえば、こういうタイプは、苦手なハク。
「もとは、田舎の小さな川の主やったんやてー?」
「・・・・そうだが」
青い龍は、無遠慮に、ハクにふんふんと鼻を摺り寄せる。
そして、にいっと笑って。
「なぁなぁなぁ、あんたに染み付いとるこの匂い、ええなぁぁあ。ほんま、ええわぁ」
「何のことだ?」
「んんーー。今捜しとる、娘ッ子の匂いなんか? 柔らこーて、甘ーて、ええ匂いやぁ」
うりうりとハクを突っつきながら、意味深に笑う。
「こないにしっぽり、匂いがまといついとるいうことはぁ、よっぽどええこと、たぁんとしてたんやなぁ?」
「!! なっ、何を言う!」
思ってもみなかったことを突然言われて、一瞬取り乱す、ハク。
「違うんか?」
「違う。」
「あんなぁ。嘘いうたら、あかんで!? お手手つないで、仲良うお話してた、いう程度やったらこんな匂いつかへんて。これは、こう、ぎゅ〜〜〜っと抱きおうてやなぁ・・・」
青龍が『ぎゅ〜〜〜っと』のところで、おちゃらけてその身振りをするもので、頭に血が上る、白龍。
「だから! そういうのでは、ないと言っているではないか!」
ぷい、と視線をそらす。
説明するのも、面倒だ。
「うほっ。がまんしたっちゅうやつかいな。なんでまた。」
ハクは答えない。
が、相手はそんなことを気にする様子もなく。
「殊勝やなぁ。人間の娘やろ? 龍神にかかったら、いちころやて。ちゃっちゃと頂いてしもたらええのに」
なんという言い方をするのだ。少々、むっとする、ハク。
の、横で、青龍がぽんと手(前足?)をたたく。
「あっ! ああ、そっか、悪い! そういうことか!」
急に相手の態度が変わったので、不思議に思ってそちらに顔を向けると。
「あんたみたいなお人には、多いもんなぁ。ふんふん、それやったら、無理もないわ。手ぇ、よう出さんわな」
けげんな顔のハクにかまわず、なにやら一人で納得して、話し続ける青龍。
「いや、かまへんのやで。わい、ひとさまの個人的な趣味に口出しする気、ないしー」
「?」
「別に、珍しいこと違うし。たしかに琥珀はん、顔立ちから言うても、そのほうが、向いてはるわ。もてるやろな、うん」
「????」
「まあ、わいは、・・・・
女のほうが好きやけどなー」
「!?っ!?」
ハクの思考がひっくり返る。
何が言いたいのだ、と、相手にぐいっと詰め寄ると。
「
うわああぁぁぁあぁぁあっっ!!! ちょお、たんま!!!! わわわわわわいは、
その手の趣味 はないんやーーー!!
そ、それ以上近づかんといてーーーーー!!!」
ばこっ。#
・・・・・・・・・・・・。
「痛いなー、もう。違うんかいな。ああ、びっくりした。何されるか思たやんか」
むすっとしたままのハクと、すぐに立ち直る青い龍。
「で? ほんなら、いったい何や? その娘(こ)。」
「何、とは?」
「なんか、わりない事情あるのん?」
「・・・・・・・」
「琥珀はんの許婚とか巫女とか、そういうんか?」
「・・・・そういうわけでは、ないが」
そうありたいのは、やまやまだけれど。残念ながら。
「ふんふん、そっかそっか。んじゃー、かまへんわけや?」
「何が」
「わいがもろても。その子。」
「なっ!?」
「わい、女については、結構、勘鋭いんやで。こういう匂いの子ぉはなぁ、たいがい、かぁいらしぃて、気立てもええんや〜。へへー楽しみやで、これは」
「・・・・・冗談にもそういうことは・・っ・!」
「許婚とかとは違うて、今自分で言わはったやないかー」
「・・・・」
「決まりやーー! わい、この仕事終わったらその子もらうわ! 紹介してやー!」
ばこぉおっっ!!
「い、痛いやんかっっ! まじ痛かったで、今のん!!!! 乱暴するんやったら、もうわい、協力せぇへんでっ!」
無言の、ハク。
「ふん。。話の通じんお人やな。そないに大事な女子なんやったら、首に縄でもつけとき、ほんまに・・・・と。ほれ、あそこ、あの娘、違うか?」
青龍がスピードを落とす。
「うん、琥珀はんの匂い、かすかやけど、してるで。ん〜〜。そやそや! この、ええ匂い! 間違いないわ!」
青い龍が、くんくんと鼻をひくつかせながら。
時の流れのはざまから指し示したところに。
金銀綾錦の衣装で盛装し、美しく化粧を施した、小柄な娘。
そのか細い首元には、まぎれもなく龍の髯で作った小さな銀の輪が光っていて。
震える手で留めてやった、あの、首飾りが。
「ほっ? ほぉおおおーーーーーーーーー!!! めえぇぇっちゃ可愛いやんかーーーー!!!!!!! 」
そして、ちら、と気の毒そうに、ハクに視線を投げる。
「・・・・・けど。ちょぉっと、やばいな、・・・あれは。」
が、ハクはその視線の意味など露ほども気付かず。
「世話になった。感謝する」
早口で告げ、急いで青い龍の元から離れようとして。
途中で、くるりと振り返った。
「あの娘に指一本触れたら・・・」
にらみを効かされて、青龍は、おおこわ、と肩をすくめる。
はいはい、と片目をつぶって頷きながら。
「わぁってるって。琥珀はんみたいなん、敵に回すほど、わい、あほちゃいます」
ほな、せいぜい、おきばりやっしゃーーー、と、調子よく声を掛けて、青い龍は、もといた場所へと帰って行った。
軽くその後姿を見送って、再び、時のはざまから、千尋の姿を目で追ったとき。
ハクの全身の鱗(うろこ)が、怒りのあまり逆立った。
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