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<<<夜伽ばなし 其の三 "啄木鳥(きつつき)">>> 第九夜

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そのころ、ハクは。

愛しい少女の姿を追い求めて、時の流れの中を懸命に泳いでいた。
白龍の一歩前を進む、青い龍と共に。



「琥珀はんーー! こっちや!近いでーーー!」

この、時空の歪んだ空間でハクを先導していのは、一頭の青い龍。
竜宮城の麗しき中宮の局(つぼね)に仕える者で。
やんごとなき出自でもなく、とりたてて有能なわけでもないのだが、機転がきいて愛想がいいし、フットワークも軽い男なので、ちょっとした頼み事などには重宝され、器用に宮廷社会を泳いでいる。

時渡りの能力にはずばぬけて長けており、そしてなぜか、嗅覚が異常に鋭いという。


ハクのにおいを覚えて、警察犬よろしく、千尋の探索に協力しているのだ。
千尋が、ハクの髯で作った指輪を身につけているはずだから。
そのにおいをたよりに、千尋を捜そうというのだ。


時の流れをかきわけて、しなやかに泳ぐ、二頭の龍。


「琥珀はん、あんた、結構、世間の荒波にもまれた匂い、してはるな。ちぃっと、龍らしゅうない匂いもまじっとるし。血ィの匂いもするなぁ。ずいぶんやばいこと、してはったんちゃうかー?」


なんだか、ぺらぺらと口数の多い龍だ。
どちらかといえば、こういうタイプは、苦手なハク。



「もとは、田舎の小さな川の主やったんやてー?」

「・・・・そうだが」



青い龍は、無遠慮に、ハクにふんふんと鼻を摺り寄せる。
そして、にいっと笑って。


「なぁなぁなぁ、あんたに染み付いとるこの匂い、ええなぁぁあ。ほんま、ええわぁ」
「何のことだ?」
「んんーー。今捜しとる、娘ッ子の匂いなんか? 柔らこーて、甘ーて、ええ匂いやぁ」


うりうりとハクを突っつきながら、意味深に笑う。

「こないにしっぽり、匂いがまといついとるいうことはぁ、よっぽどええこと、たぁんとしてたんやなぁ?」

「!! なっ、何を言う!」
思ってもみなかったことを突然言われて、一瞬取り乱す、ハク。


「違うんか?」
「違う。」


「あんなぁ。嘘いうたら、あかんで!? お手手つないで、仲良うお話してた、いう程度やったらこんな匂いつかへんて。これは、こう、ぎゅ〜〜〜っと抱きおうてやなぁ・・・」
青龍が『ぎゅ〜〜〜っと』のところで、おちゃらけてその身振りをするもので、頭に血が上る、白龍。

「だから! そういうのでは、ないと言っているではないか!」


ぷい、と視線をそらす。
説明するのも、面倒だ。


「うほっ。がまんしたっちゅうやつかいな。なんでまた。」


ハクは答えない。
が、相手はそんなことを気にする様子もなく。


「殊勝やなぁ。人間の娘やろ? 龍神にかかったら、いちころやて。ちゃっちゃと頂いてしもたらええのに」


なんという言い方をするのだ。少々、むっとする、ハク。


の、横で、青龍がぽんと手(前足?)をたたく。

「あっ! ああ、そっか、悪い! そういうことか!」


急に相手の態度が変わったので、不思議に思ってそちらに顔を向けると。


「あんたみたいなお人には、多いもんなぁ。ふんふん、それやったら、無理もないわ。手ぇ、よう出さんわな」


けげんな顔のハクにかまわず、なにやら一人で納得して、話し続ける青龍。


「いや、かまへんのやで。わい、ひとさまの個人的な趣味に口出しする気、ないしー」

「?」

「別に、珍しいこと違うし。たしかに琥珀はん、顔立ちから言うても、そのほうが、向いてはるわ。もてるやろな、うん」

「????」

「まあ、わいは、・・・・のほうが好きやけどなー」

「!?っ!?」
ハクの思考がひっくり返る。
何が言いたいのだ、と、相手にぐいっと詰め寄ると。

うわああぁぁぁあぁぁあっっ!!! ちょお、たんま!!!! わわわわわわいは、その手の趣味 はないんやーーー!! そ、それ以上近づかんといてーーーーー!!!




ばこっ。


・・・・・・・・・・・・。


「痛いなー、もう。違うんかいな。ああ、びっくりした。何されるか思たやんか」


むすっとしたままのハクと、すぐに立ち直る青い龍。


「で? ほんなら、いったい何や? その娘(こ)。」

「何、とは?」

「なんか、わりない事情あるのん?」

「・・・・・・・」

「琥珀はんの許婚とか巫女とか、そういうんか?」

「・・・・そういうわけでは、ないが」
そうありたいのは、やまやまだけれど。残念ながら。


「ふんふん、そっかそっか。んじゃー、かまへんわけや?」

「何が」

「わいがもろても。その子。」

「なっ!?」

「わい、女については、結構、勘鋭いんやで。こういう匂いの子ぉはなぁ、たいがい、かぁいらしぃて、気立てもええんや〜。へへー楽しみやで、これは」

「・・・・・冗談にもそういうことは・・っ・!」

「許婚とかとは違うて、今自分で言わはったやないかー」

「・・・・」

「決まりやーー! わい、この仕事終わったらその子もらうわ! 紹介してやー!」


ばこぉおっっ!!



「い、痛いやんかっっ! まじ痛かったで、今のん!!!! 乱暴するんやったら、もうわい、協力せぇへんでっ!」


無言の、ハク。


「ふん。。話の通じんお人やな。そないに大事な女子なんやったら、首に縄でもつけとき、ほんまに・・・・と。ほれ、あそこ、あの娘、違うか?」


青龍がスピードを落とす。


「うん、琥珀はんの匂い、かすかやけど、してるで。ん〜〜。そやそや! この、ええ匂い! 間違いないわ!」


青い龍が、くんくんと鼻をひくつかせながら。
時の流れのはざまから指し示したところに。


金銀綾錦の衣装で盛装し、美しく化粧を施した、小柄な娘。
そのか細い首元には、まぎれもなく龍の髯で作った小さな銀の輪が光っていて。
震える手で留めてやった、あの、首飾りが。



「ほっ? ほぉおおおーーーーーーーーー!!! めえぇぇっちゃ可愛いやんかーーーー!!!!!!! 」


そして、ちら、と気の毒そうに、ハクに視線を投げる。
「・・・・・けど。ちょぉっと、やばいな、・・・あれは。」



が、ハクはその視線の意味など露ほども気付かず。

「世話になった。感謝する」
早口で告げ、急いで青い龍の元から離れようとして。

途中で、くるりと振り返った。
「あの娘に指一本触れたら・・・」



にらみを効かされて、青龍は、おおこわ、と肩をすくめる。

はいはい、と片目をつぶって頷きながら。
「わぁってるって。琥珀はんみたいなん、敵に回すほど、わい、あほちゃいます」


ほな、せいぜい、おきばりやっしゃーーー、と、調子よく声を掛けて、青い龍は、もといた場所へと帰って行った。




軽くその後姿を見送って、再び、時のはざまから、千尋の姿を目で追ったとき。





ハクの全身の鱗(うろこ)が、怒りのあまり逆立った。


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