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龍はみんな優しいよ。
優しくて・・・・・愚かだ。
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器量自慢の二人の娘。
彼女らは。
鳥の化身。美しい森の魔女。
他人から見れば、どちらがどちらか、ほとんど見分けがつかないのだが。
互いに、おのれの方が美しい、自分の方が魔力が強い、と張り合って、しょっちゅういさかいを起こしているものだから。
森に暮らす者たちは、はた迷惑で、仕方がない。
姿は鏡に映したように、そっくりなのだが、その内側にあるものは、かなり異なっていて。
たとえば、宝石ひとつの好みをとってみても。
小粒でも、腕の立つ職人によって磨き上げられた、由緒正しいものを身につけるのをよしとする、姉娘。
イミテーションであろうが、盗品であろうが、派手で人目を引くものであれば、何でもかまわないという、妹娘。
魔法の使い方にしても。
使う魔法の根底にある基礎を、しっかりと理詰めで学び、完璧に自分の意のままに操れるようになってから、必要最低限のものだけを使うべきだとする、姉娘。
ややこしい理屈は後回しにして、とにかく、火が使いたいから火を、風が欲しいから風を、という、『感覚』を頼りとして魔法を使う、妹娘。
互いに、両極端なのだ。
しかし、どちらか一方が欠けるとバランスが崩れる。
姉娘ひとりしかいなかったとしたら、この森は石のように活気のないものになってしまうだろうし、
妹娘ひとりしかいなかったとしたら、この森は1日とたたないうちに、秩序を失って崩壊してしまうだろう。
互いに気が合わないところがあるとはいっても、離れられない運命の双子の娘。
・・・・しかもやっかいなことに、今、二人は恋敵どうしでもあって。
目下、彼女らの懸想人は、--------高貴な生まれの、美しい龍。
今日も、二人の言い争いの声がこだましている。
森のはずれに広がる平原の、そのまた端っこに、ぽつんと立つ小ぶりな湯屋。
そこへ渡されている、木造りの太鼓橋。
太鼓橋のたもとには、2つ、3つの食べ物屋が細々と店を開いている。
その太鼓橋の前で、激しく口論している、魔女姉妹。
「だから! あたしの髪の方がつややかなのは一目瞭然だろッ!」
「何言ってんだい? あたしのこの、絹布のような肌を見な? あんたとは大違いさ!」
「なんだってぇ?!」
「・・・・あの・・・」
「今、取り込み中なんだよ!あとにしとくれッ!」
「そうさ! どっちが竜王さまのお后に選ばれるか、勝負どこなんだからねっ!」
「・・・すみません、あのぉ、、、人を探しているんです」
「「ん?」」
この二人のいさかいの様子といったら、まるで、二人の山姥(やまんば)が互いに食い殺しあっているかのように恐ろしいので、普段なら、こういう場に近寄ってきたり、ましてや声をかけてきたりする者など、決していないはずなのに。
思いつめた瞳で問いかけているのは、人間の娘だった。
「白い龍か、、、15、6才の綺麗な男の子を見かけませんでしたか」
「・・・・あんた、このあたしらの喧嘩に割って入るなんて、たいした度胸だね」
半分あきれている姉娘。
「なんだ、人間じゃないか。なんでこんなとこにいるのさ」
あきらかに不機嫌な妹娘。
「大切な人と、はぐれてしまったんです。お願いです。何か知っていたら教えてください」
「あんたね。。。誰を探してんのか知らないけど、人の心配よか自分の心配をしなよ」
「え?」
「ほら。体が透けてきてるよ」
「え・・あっ!?」
姉娘に言われて自分の手を見ると、それは徐々に色が薄らいでいる。
大変!
とっさに千尋は叫んだ。
「あのっ! ここで働かせてください!」
「はぁ?」
呆れた声の、妹娘。
「働きたいんです!」
「・・・・何言ってんだよ」
「ここで、働かせてくださいっ!!」
「冗談じゃないよっ!あんたみたいなやせっぽちに、何ができるってんだい!!」
口から火を噴いて怒る、怒る。
そこに、妹と人間の娘とのやりとりを、にやにやしながら見ていた姉娘が割り込んだ。
「ふふふぅ。働きたいってんなら、仕方ないじゃないか。 え? あんた、誓いを破る気かい?」
ぐっと押し黙る、妹魔女。
「湯屋の営業許可を取るために、ここの神々に立てた誓いを、まさか忘れたってわけじゃないだろうねえ? このあたしが保証人として、契約印を預かってるんだよ?」
森の魔女がここに湯屋を建てるにあたって、神々が示した条件。
それは、『営業を認めるかわりに、労働意欲を持つものはすべて受け入れること』というものだった。
ここで儲けるのはかまわないが、それならば、このあたりであぶれている動物の化身たちに生きる場、働く場を提供せよ、というのだ。
それは、魔女にとっては、少々意外なもので。
彼女は、たとえば、多額の賄賂(まいない)金を要求されるとか、あるいは売上の一部をよこせと言われるとか、そういうことを頭においていたのだが。
内心、ほくそえんだ。
まあ、利益の地元還元か、失業対策かは知らないが。
とにかく、思ったより安くあがるじゃないか、どうせ従業員は必要なんだし。
ほいほいそれに乗って、誓いを立てた。
・・・後になって、彼女はそれを大きく後悔することとなるのだけど。
なにせ、雇ってくれ、とやってくるのは、蛙だのなんだの、使えないようなのばっかりで。
しょっちゅう店のものを壊したり、お客様に粗相をしでかして、詫びのモノを届けなきゃならなくなったり。
おまけに、揃って大食らいときている。
それでも、賃金は一人前に払ってやらなければならないから。
大損ったらありゃしない。
こいつら、給料払ってやるどころか、こっちがもらわなきゃ割が合わないくらいだ、ええい、なんとかタダ働きさせる手立てはないものか。
常々、そう思う。
まあとにかくも、そうこうして、彼女は湯屋の営業とそのあたり一帯を支配する権利を得たわけだけれども。
「・・・忘れたわけじゃぁ・・ないさっ」
「そうだよねぇ。あたしは、よしなよ、って言ったんだよ? 豊かな土地があるんだから、田畑で作物を育ててりゃ、じゅうぶん暮らしていけるのにさ。欲をかいて、商売なんぞ始めようとするから」
「う・・」
「雇ってやらなきゃ、しかたないよねぇ。誓ったんだもんねぇ?」
「そ、そりゃあそうだけど・・」
「そうそう、はやいとこ、商売も軌道に乗せておくれよ? あたしが用立ててやった開店資金、踏み倒されちゃあたまんないからね」
「ふ、踏み倒したりなんか、しないよッ! なんてこと言うんだい!!」
一応、月々返済してるじゃないか。
とんでもない利息をつけやがって。この性悪女。
欲深なのはどっちだい!
・・・・と、言い返したいのは山々だが。
この話題については、立場が悪い。
なにせ、魔女の契約印はあっちの手の中にあるし。
にやにやしている姉娘と、ふくれっ面の妹娘。
その二人を交互に見比べながら、千尋はもう一度、言った。
「あのぅ・・・わたし、ここで働きたいんです・・・」
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