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<<<夜伽ばなし 其の三 "啄木鳥(きつつき)">>> 第八夜

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さて、一方。

こちらは、千尋が迷い込んだほうの、時間(ところ)。

ハクの読みどおり、彼が迷い込んだ時間(ところ)より、いくぶん未来(さき)の世界にあたる。



千尋は、湯屋の魔女のお供で、竜宮城の宴の場に。彼女の後方に控えている。
・・・のだが。

彼女の機嫌はすこぶる、悪い。





う〜〜〜。
居心地が、悪いったら!
何なんだよッ!これはッ!!!!



めいっぱい着飾って、意気揚揚と竜宮城へとやってきた妹魔女は、身の置き所に困っていた。
自分は、どう見ても、この場から明らかに『浮いて』いる。
なんとも落ち着きの悪い、我が身のありよう・・・・・・




海の底の宮殿は、昼ともなく夜ともなく、ほんのり明るい。

玉殿の正面の、白玉の庭園。
小川のせせらぎを模して造られた遣り水が、涼しげに流れている。
そのほとりに、緋毛氈の座が点々としつらえられ、招待された娘達が、女房装束で盛装し、優雅に座っている。

娘達の前の清らかな流れに、朱塗りの杯が、ゆったりと浮かべられた。


『曲水の宴』。


上流から酒を満たした杯が流され、自分の座にそれが廻ってくるまでに、和歌を詠み上げて酒を頂くという、宮中の遊び。





龍の帝が、寝殿の御簾の内から、その様子を静かに見物している。

当今の若い竜王には、まだ、なぜか、ひとりもきさきがいない。
母親の皇太后が、何度も、後宮にしかるべき娘の入内(じゅだい)の話をもちかけるのだが、彼は、一度として、首を縦に振らないのだという。


若いとはいえ、立派に成人している、龍神の王。
見目麗しく、政治的手腕も悪くない。
教養もあって、利発な上に、温厚な性格。
さらに、武道の腕前もなかなかのもの。


女達に人気がないわけがない。
想いを寄せる女達は宮中にも数多くいるが、彼女達に、恥をかかさぬ程度に適度に相対しながらも、決して心奪われるふうはなく。


しびれを切らせた皇太后が今回の宴を開き、少しでも帝の気に召す娘があれば、誰でもかまわないから、とりあえず入内させてしまおうというお心積もりなのだ、という噂がまことしやかにささやかれていて。



ここで、帝の気を引く歌の一首でも詠み、あわよくば後宮入りしようと、娘達が色めき立つのは、当然といえば、当然。



娘達が詠みあげる歌々に、おお、これはみやびな、これは即妙な、、
などと、周囲から声があがる中で。




憮然として座っている、湯屋の魔女。

もちろん、和歌など詠んだこともない。
目の前を素通りしていく杯を、ただ眺めることしかできなくて。


・・・・・・いったい、これは何なのさッ!!!!


招待状にはこんなこと、ひとっことだって、書いてなかったじゃないか。
パーティーだろ、パーティー??
この国のパーティーってのは、ワルツもメヌエットもなしなのかい?????
こーーんなにドレスアップしてきたっていうのにさ!
このフリルはねぇ、くるっとターンしたときに、さざなみのようにさあーーっと広がるのが、自慢なんだよ。
座ったっきりじゃ、皺になるだけじゃないか!



などと、胸の内は煮えくり返っている。。。。



彼女は、もとからこの、やまとのくにに生まれ育った者ではない。
言ってみれば、移住者だ。
ふるさとは、もっとずっと西の国。
うたげの招待状を受け取って、当然のように、自分が育った地のパーティーを思い浮かべ、装いを凝らしてきたのだ。


まわりの女達は、皆、何枚もの着物をやけに重たげに重ねた中に埋もれるように座り、金箔など散らした大ぶりな扇を手に、ほほほ、と口元を覆ったりしていて。


髪を高く結い上げて、豊満な胸元やすべすべした肩をぐっと強調する、露出度の高いドレスを着ているのは、自分ひとり。
完全に場違いな服装をしていることは、どう考えてもわかる。


それに、椅子ならまだともかく・・・・こんな平べったいところに長く座っているのは、苦しい。
スカートをふわっとふくらませるために、何重にも重ねてきたパニエがごろごろがさがさして、安定が悪いったら。

おまけに、女のウエストというのは、立っているときよりも、座っている時のほうが多少かさばるものだから、、、、、ぎちぎちに締め込んできた、コルセットがくいこんでくいこんで・・・・・・。
実は、息を吸うのも、つらい。



ふぅ、と小さな息を吐いた時。


周囲のものたちが、おお、と、どよめいた。
誰かが、なにやら良い歌の一つでも詠んだらしい。

ちら、と賞賛の的となっている女の方を見て。
魔女は我が目を疑った。


誉めそやされ、まんざらでもなさそうにしているのは、なんと、自分の姉であった。


きちんと十二単の装束に身を包み、・・・・髪の色が、やや明るい栗色であることと、どう見ても顔の造作が、西洋風なつくりにととのっていることを除けば、さほど違和感もなく・・・・・・心得顔で、賞賛の声に応え、微笑んでいる。



御簾の中の、高貴なひとが、頷いた。

そして、じきじきに、声がかかる。

「そなたは、異国の者やな? みごとに、詠んだものや。よほど、励んでおったのであろう。感心な。」


・・・・・ぱっと顔を赤らめる、姉魔女。
すかさず拝礼し、つつがなく返礼の言葉を述べる。
深々と下げた顔は、喜びでくしゃくしゃになっていたが、その作法にはいささかの手落ちもなく。


姉がおもてを上げると。
じーーーと、こちらを見ている妹と、視線が合った。



--------おや。あんたも来てたんだね。

--------ふん。悪いかい。

思わず、目で会話。まあ、これも魔法の一種。



--------悪かないけど、・・・・なんて格好してきてるんだよ。竜王様に失礼だろ。

--------仕方ないじゃないか。こんな感じのパーティーだなんて知らなかったんだから。

--------情報収集不足だよ。ばかだねぇ。TPOってもんを考えな。

--------ふ、、ふん! いいのさ!あたしは、こういう格好が一番似合うのさ。

--------で。歌のひとつも詠めるように、勉強してきたのかい?

--------・・・・・・。 

--------案の定だね。

--------じ、自分がちょっとほめられたからって、いい気になるんじゃないよ!

--------何いってんだよ。招待されたら、それなりに下調べしとくのはあたりまえじゃないか。和歌、管弦、舞、囲碁、貝合わせに、すごろく、絵、お香合わせ・・・・。何が催されても恥をかかない程度に、あたしはひととおり予習してきたさ。




澄ました顔の姉魔女。
・・・・最も、彼女は招待状を受け取ってから今日までの数日間というもの、血の滲むような猛烈な努力をしてきたわけだけれども。



くやしくてたまらない、妹魔女。

--------なにさ。しれっとした顔してさ。あんた、肌荒れひどいよ。目の下、クマになってるじゃないか。何日徹夜して詰め込んだのか知らないけど。ああ、みっともない。

--------!! ちゃ、ちゃんと、ファンデーションでカバーしてきたよ!

--------あー、やだねー。がりがり一夜漬けしちゃってさー。美容に悪いのにさぁ。あたしなんて、ほら、ご覧よ、このむきたて茹で卵みたいにぷるるんとした肌。この日のために、何日も何日もかけて、磨き上げてきたんだからね〜〜 ほっほほほっ♪



こんどは、姉魔女のほうが、唇をかみしめる番。


つまり、努力する方向が、正反対なのだ。このふたりは。




人知れず双子姉妹が火花を散らしていると。

妹の前に、杯が廻ってきた。




姉は、さっき、ちゃんと一首詠んで、杯の酒を飲んだのだ。
しかも、竜王さまから、じきじきにお褒めの言葉までいただいて。


ま、負けてたまるものか!


まだ、何も詠めていないというのに、前後の見境もなくその杯に手を伸ばそうと前のめりになって。


---------うっ?!

突然、目の前に赤や黒や紫の点々が舞った。


からだを長時間無理に締め付けていたために。
貧血をおこしたらしい。


額に脂汗がにじむ。
緋毛氈に倒れこみそうになるのを、震えながら必死でこらえる。


後ろに控えていた千尋が、あわてて側に寄ろうとし、
さすがにただごとでない様子に気付いた姉魔女が立ち上がる。

まわりの者達も異変に気付いてざわざわとしかけたとき。




「いかがした? 大事無いか」




玉殿の御簾の内から、涼しげな声が響いた。


そして。
すい、と御簾を押し上げて。

当の竜王が、その姿を現した。



どぉおっとざわめく、一同。
こんなことは、異例中の異例だ。



回りの視線を気にするふうもなく、若い竜王はさくさくと真珠の玉砂利を踏みしめ、妹魔女のもとへ渡ってくる。


目を丸くしている外野の前で、ごく自然に声をかけた。

「異国の姫よ。そなたの姿はほんに美しいが、海の底のこの宮では、少々寒うないか? 気分がすぐれんようやな。・・・これを」

自分のまとっていた、衣(きぬ)を一枚、さらりと脱いで。

彼女の肩に被(かず)けてやる。


驚きに目を見張る、皆。
もちろん、衣を賜った妹魔女本人が、一番驚いている。


身分の高いものが、自分の衣服を目下のものに与えるということ自体は、さほど珍しいことではない。
が、それは、何か、手柄を立てたとか、あるいは上手い歌を詠んだとか、優れた演奏や舞を披露したとかいったことに対する褒美として、というのが普通である。


そういう場合も、相手が竜王、というほどに高貴な場合は、手づから賜ることはまずなく、手近な従者などに持たせるのが一般的。
直接渡される、というのは、よっぽどの場合に限られる。


なのに、この、とっぴな服装をした娘は、・・・取り立てて何をしたというわけでもないのに、、、、いったい、どういう、わけで・・・????
回りの者達が訝しがるのも、無理はない。




衆目を浴びる中、驚きと貧血で頭がくらくらしている魔女に、微笑ひとつ残して、竜王は平然と上座へと戻ってゆく。



千尋と姉魔女がすかさず駆け寄って、彼女を控えの間へと連れて行った。


* * * * *


「だいじょうぶですか?」
千尋が、女あるじの身体を支えながら、心配そうに尋ねる。

「まぁったく。恥ずかしいったらありゃしないよ」
妹の背中ごしに毒づく、姉魔女。


妹魔女は、千尋と姉魔女に両脇を抱えられるようにして竜王の御前を退出し、控えの間で衣装と下着をゆるめてもらっていた。


「・・・・悪かったよ。世話かけたね」
さすがに、青い顔でしおらしくしている妹。


「ふん。この借りは、3倍にして返してもらうからね。あーあ、あざになってるよ・・」
物言いは乱暴。
だが、ぶつぶつ言いながらも、なんやかやと手際よく世話を焼いてやる姉。

コルセットをゆるめたら、ドレスの背中のファスナーは上げられない。
千尋に手伝わせながら、手早くドレスの背中の縫い代を一部ほどき、どこからか取り出した針と糸で、ささっとサイズの手直しをしてやる。
彼女はもとから、こういうことは、得意だ。

むろん、体から脱げ落ちないように応急に綴じただけだから、見場は悪い。
そのままで外に出るわけにはいかないが、幸い、先刻賜った衣があるので、それを肩からすっぽり羽織っていれば、他人からはわからないだろう。


衣に焚(た)きしめられた、品のよい香の薫り。

どちらからともなく、話しはじめる姉妹。


「美しかったねぇ」

洗練された身のこなしの、若く美しい龍の王。
涼やかな瞳と、流れる黒髪。

「品があったよねぇ」

深くて、静かな声。
育ちのよさからくるのであろう、知性と教養を感じさせる優しい会話。

「その辺の男どもとは格が違うよねぇ」
「西の国にも、あんないい男はいなかったよねぇ」



・・・・珍しく、意見が合う。
しんみりと語り合う、ふたり。




そこへ。

「もうし。お休みんところ、失礼しますけど、少しよろしゅうございますか」


千尋が取次ぎに出ると、そこに、竜宮の従者が数名、控えていた。



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