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「それはまた・・・・困ったことを」 ハクは、かすかに眉根を寄せた。 物事には、筋というものがある。 川の水の力を借りたいのであれば、まずは川の神へ願いの向きを奏上し、了解を得て------場合によってはその代償となるものを差し出して------川の神の力でもって、川の水を動かしてもらうというのが、本来の手順であるはず。 火急の状況であったとはいえ、自分の体の一部であるとも言える「水」を勝手に操ろうとされて、快く思う神があるはずはない。 水を司り、人間と水神との仲立ちをする一族の者であれば、誰よりもそれは承知であるだろうに。 大井川の主は決して狭量な神ではない。 自分が父とも兄とも信頼していた神である。 懐も広いし、ものごとの道理をきちんとわきまえ、私情でことを荒立てたりするようなことはない。 古くから名のある大河を司っているだけあって、よい意味でも悪い意味でも、感情で行動を起こしたりはしない、どっしりと構えた神だ。 落ちのびようと懸命になっている二人には同情するであろうが、情に流されて筋道を曲げるということはないだろう。 ましてや、神の面子を潰した人間を-------むろん、かっとなっていたずらに手にかけるなどということはあるまいが-------庇いだてしてやったりなどということは、常識的に考えて、しないのではあるまいか。気の毒ではあるが。 目の前で淡々と語る娘の話に耳を傾けながら。 ふっ、と、ハクは声を上げた。 「もしやそなた・・・・・大井川の神を逆恨みなどしているわけではあるまいな?」 「・・・え?」 「まして、わたしにその怨恨を晴らして欲しいなどと言う話であるなら、聞く耳もたぬぞ」 「そんな。」 「その男の気持ちは痛いほど分る。もしわたしがその立場であったら、同じことをするだろう。だが・・・・」 「------早とちりしないで。」 娘は、むきになっている龍神を前に、くすくすと苦笑した。 「違うわ。そういうことじゃなくて」 「では、何だ」 「何だ、って・・・・・あなた、『神隠し』を2回もしているのに。自分ではその覚えがないとでも?」 「・・・・・・・・?」 「もっとも、自分の本当の名前も覚えていないようなことでは、、、無理もないのかしら」 ぐっと言葉につまるハクに、困ったような視線を斜めに投げかけながら。 少女はまた、ぽつりぽつりと話し始めた。 * * * * * |