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ぼうやの ねえやは 数えで十五
金襴緞子(きんらんどんす)の 帯しめて --------------違う!
私は・・・私は、こんな結末を望んだのではない! 花嫁御寮は
・・・なぜ泣くのだろ 龍神をとりまく細い歌声が、哀しい花嫁の悲鳴に取って代わられようとしたとき。 彼の感情のこもごものすべては、たったひとつの言葉となって、そのくちびるからほとばしった。 「ちひ---------!!」 私は、まだ死んではいけない!!
そう、全身全霊を込めて願ったとき。 -------突然彼は、どよと押し寄せる強烈な感覚の塊に襲われた。 全身に甦る猛烈な痛み。 火傷のただれが膿む、すえたにおい。 ごぶ、と喉にむせた血を吐き出して。 ハクは、『目を開け』た。 子守歌がやんで。
ぽとり、と彼の上に声が落ちた。 「・・・・・・ハク?」 そこに。 心配そうに自分の顔を覗き込む、愛しい娘がいた。 「千尋・・・?」 呼びかけると。 「はい」 震える声で、返事があった。 呼びかけられた小さな声にすがりつくようにハクが視線を彷徨(さまよ)わせると。 目の前に、たった今脳裏をよぎったばかりの哀れな姿のままの千尋が。 ----------彼は顔色を失った。 「ハク?」 少女の乱れた髪は泥だらけで、目の上には殴られでもしたかのような紫色の痣(あざ)。 泣きはらしたまぶたは真っ赤に腫れ。 着崩れた浴衣は無残に裂けて帯もなく、襟元からも肩口からも擦り傷だらけの肌がのぞき。 土と血で汚れた素足は痛々しいほどに細く、あらわにさらされたまま。 「・・・ちひ・・・ろ・・・・?」 そのみじめな娘の姿を見て、龍神は大混乱する。 取り乱してはいけない、冷静にならなくては、とは思いながらも、思考がまともに働かない。 彼はがちがちと震えながら、力いっぱい彼女を抱き締めた。 「・・・・・・・・・私は『間に合わなかった』のか?!」 「え・・?」 「すまなかった・・・・・ちひ・・・・」 「・・ハク・・・・・?」 千尋は、龍神の背におずおずと両手を回し、そっとさすった。 「よかった・・だいじょうぶ。もう、だいじょうぶだから。ね?ハク」 「辛い目に逢わせた・・・なんという・・・」 「このくらい、ぜんぜん平気」 「・・ちひ・ろ・・・・っ・・」 嗚咽まじりに自分の名前を呼ぶ若者を、少女は抱き締め返した。 まるで幼子をあやす母親のように。 「ハクが生きててくれたら、わたし何もいらない」 が、顔を上げた若い龍神の表情(かお)は、尋常ではなかった。 「・・・・誰だ」 「え?」 「そなたをこのような目に遭わせたのは、誰だ」 「・・・・??」 「殺してやる」 「えっ、えええっっ??」 かろうじて人の姿をとってはいるものの、そのぎらつく瞳はすでに獲物を狙う獣のそれで。 震えの止まらぬ口元には、殺意をのせた真っ赤な舌と、はがね色に濡れて光る牙がちらついていた。 「誰がそなたを侮辱した?!」 「ぶ、ぶじょ・・・っっっ?」 「言いなさい!千尋!」 「ちょ、ちょっとハク、なに言ってるのぉっ?????」 鬼気迫る口調で詰め寄る龍神をなだめようと、千尋はおろおろ頭を巡らせるが、冷静さを完全に失っている彼を前に、うまく説明することができない。 第一、こんなに声を荒げて喚き散らす彼を見るのは初めてのことで、どう対応したらいいのかよくわからない。 「わたし、誰にもなんにもされてないよう。。。。」 「隠さなくてもいい!」 「ハク〜〜〜。大怪我して悪い夢でも見た??」 「・・・何を・・・」 「ほんとにほんとに、なんともないんだってばーーー」 べそをかきながら懸命に否定する千尋の姿は、身を恥じているのでも、嘘をついているようでもなく、・・・自分達の微妙な会話の食い違いにやっと気付き始めるハク。 「・・・だが、・・・そのなりは、、」 「え・・?・・・あっ!!! きゃーーっ!!」 ハクのその不審な視線に気付き、、、あわてて乱れた浴衣の胸元だの裾だのを掻き合わせる千尋。 自分の身なりのことなど、完全に忘れていたのだ。 身につけていたものは、あらかたハクの手当てのために使ってしまっていた。 細い胴を補正していた胸のタオルは包帯代わりに。帯はギプスの代わりに。 結び紐も伊達締めも。 辛うじて体を隠しているくらいの役割しかないぼろぼろの浴衣を懸命に引っ張り合わせて、何とか身じまいしようとする千尋だが、・・・たいして変わり映えはしない。 でもしかし、こっち見ないでぇーーと大騒ぎする娘の姿は、どうやら自分が思っていたような悲劇に見舞われた様子ではないらしいと、龍神は、やや落ち着きを取り戻す。 ただ、・・・さきほどの衝撃的な映像がまぶたから離れないのが気がかりで。 彼は、できるだけ穏やかに千尋に問い直した。 仮死状態でいたらしい間に見た、あの妙に現実感を帯びた彼女の姿はいったい何だったのかと。 「・・・話してくれないか。私が気を失っている間に、いったい何があったのか」 ただの夢、で片付けるにはあれはあまりに生々しすぎた。 すると。 千尋はとても困った様子で。 ハクの視線を避けるかのように目を伏せた。 「言わないといけない?」 「言ってほしい」 しぶる千尋の口をなかば強引に割らせて。 ・・・・・龍神は再び激昂する。 |