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<<< むかしばなし >>> 第五夜

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「それじゃあ!音頭をとらせてもらうよッ!皆、よくがんばったね! 乾杯ーー!」

「かんぱーい!」
「おつかれさまーーー!」


油屋の大広間。
湯婆婆の音頭のもと、従業員一同が杯を交わす。


「ハク様、そんな怖い顔をなさらずに、まま、一献」
番台蛙が調子よく寄って来る。


が、ハクは眉ひとつ動かさず。
「だいたい。そなたがあのような台本を書くから、いけないのだ」


「は?? し、しかしですねぇ、、、」


「おや、ハク、何か不服でもあるってのかい? もとはと言えば、ハク、あんたが赤字だ赤字だ、って頭抱えてたからじゃないか」
隣の席の湯婆婆が、くい、と自分の杯をハクの目の前に突き出す。

「だからといって!」

反論しかけて、やめる。
今さら何を言っても、後の祭りだ。


「男のクセに、済んだことをごちゃごちゃ言うんじゃないよ、みっともない」

ハクは黙って、目の前に差し出された湯婆婆の杯に酒を注ぐ。






先月は、どうそろばんをはじこうが、赤字だった。
しかたなくその旨、女経営者に報告したところ。


「ふん。じゃ、来月はなんでもいいから目玉企画を出して、売り上げを倍増させなきゃね。そうだね。経費がかからなくて、儲かりそうな手っていうと。」



・・・・・・・こういうときは、ロクなことがないのだ。

『いろはかるた』の時だって、そうだった。。。。。





「うん。こういうのはどうだろうね」







結局彼女が考え出したものというのが。


『期間限定 愛の油屋劇場』



なんてことはない、従業員が出演する劇を上演しようというのだ。
・・・・・ったく、安上がりな企画。。。。





台本は番台蛙が書いた。



配役決めのくじ引きで、主役の村娘に千尋が当たってしまったとき。


「私が、龍神の役をしよう。」

「ひぇっ! ハク様が、じきじきにあの役をやってくださるんで?」


目を白黒させている蛙に、ハクは自ら申し出た。


「他の者にさせるとなると、かぶりものだの何だの作らなければならないし、余計な経費がかかるだろう」

「ははーーーっ! さっすが、帳場頭!!!! 管理職の鑑(かがみ)っっ!!」




経費など、どうでもよい。
・・・千尋の夫役など、、、、他の者にさせるわけにいかないではないか。



まあ、台本を読んだ限りでは、ほのぼの昔話路線だし、なんとかなるだろう。






--------と、思っていたのだ。最初は。







ハクは、ちら、と向かいの席の銭婆の方へ視線を走らせた。






--------彼女が一枚噛んでくるまでは・・・・・・!!!












終業後、劇の稽古をしていたところに、ひょっこり顔を出した銭婆。



「おやまあ、なんだい、これは?? こんな素人芸で客を呼ぼうってのかい、全く」

「なんだってのさ。あんたには関係ないじゃないか」

「まあまあ、そうお言いでないよ。こっち方面にはあたしゃ、ちょっと明るいのさ。ねえ、あたしに『演出』させてみないかい?」

「演出だって?」










--------あれが、間違いのもとだった・・・・・。




『演出』という名のもとに。
劇の端々にまで口を出し始めた、姉魔女。


あげくの果てには、脚本をどんどんと変更して。





最初は、たわいもない話だったのだ。
民話『鶴の恩返し』もどきの、村娘と龍神の悲恋もの。




・・・だったはずが。











どうしてああいう話に、
なるのだーーーーーーーーっっ!!!!!









ぐいぐいと酒のペースを上げる、龍の少年に。
にやにやしながら、リンが話しかけた。


「いやーーー、名演だったっすよ、ハク様ー! お客様がた、みんな大喜びで!!!」

「・・・・・・。」

「あの話の続編を、ってな要望もあるらしいっすね!」

「リン」

「へ?」

「そなた、明日からまた大湯番だ。よいな」

「え? えーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!」






どこから見ても不機嫌そのものの、帳場頭の様子を見て。

父役、兄役は、額を寄せた。


「のう。ちょっとやばいぞよ。ハク様」

「はあ・・・・どういたしましょう、父役殿」

「どう、と言われても・・・」
自分の腹踊りなどでは、あの少年上司の機嫌を上向けることなどできるわけがないのは、明白で。



「我らの手には、負えませぬ」

「そうじゃのう」

「こういうときには」

「うむ。しかたあるまい・・・呼べ」

「は」



兄役は、きゃっきゃと楽しげにしている小湯女たちの一群の中から。

唯一、あの気難しい上司の機嫌を取れる娘を呼んだ。


「・・・・・・・セン」

「あ、はい!」

「ちょっと、こっちゃ来い」

「はーい」




ひょこひょことやって来た千尋に、父役は渋面で申しつけた。

「すまんがの。」

「はい?」

「・・・人柱になってくれ」

「はぁ!?」


父役は、不機嫌200%オーラを発散させている龍の少年の方へ、軽く顎をしゃくって見せた。

「見ての通りじゃ」

「何がでしょう?」

「ハ、ハク様のご機嫌が、最悪なのじゃーーーーー」



  え。そうかな。
  普段でもあんな顔じゃないかな。





けろりとしている千尋に、父役はおそるおそる問う。


「お前・・・恐ろしくはないのか?」

「はあ・・・別に・・。」




兄役は、ぽんぽんと千尋の肩をたたいた。

「セン、お前はやはり、大物じゃ。・・・それを見込んで、頼みがある」

「はい」

「とりあえずこの徳利をもってな」

「はい」

「ハク様のとこ、行ってこい」

「それだけでいいんですか?」

「うむ。なるべく愛想良くな、酌をしてくるんじゃ」

「はぁ。」

「・・・・すまんな

「??」





全く訳の分かっていない千尋が、首をかしげて龍の少年のもとへ行くのを。

なんまいだ、なんまいだ、などと唱えながら、手を合わせて見送る、中間管理職二人だった。








むっすりとして、黙々と杯を口元に運ぶ少年の前に。

まとめ髪の少女が、ちょこんと座った。


「ハク様。そんなにお酒ばっかり召し上がっていては、身体に毒です」

「ちひ・・・いや、セン・・どうした?」

「あのね。父役や兄役が、、、ハク・・様の機嫌がすっごく悪いから、わたしにお酌に行ってこいって・・・・」

「・・・・・っ!!##」

「あの・・・。わたしが劇の相手役だったのが、気にいらなかった?」

「え?」

「わたしが・・・・下手くそだったから・・・・」

「ち、違うよ」

べそをかきかけた千尋をあわててなだめる、ハク。




「センは、本当によくやっていたよ」

「ほんとう?」

「うん、本当だ。」

「じゃあ、来月の劇でも、ハク・・様が、相手役、してくれる?」

「え?」

「わたし、くじ運、悪くって」

「・・・・・・」

「だめ? わたしなんかが相手じゃ、やっぱり・・・嫌?!」
千尋のつぶらな瞳がうるうると潤み始めて。



「あ、いやっ!! そんなことは、ない!!!! もちろん、喜んでつとめさせてもらうとも!!」

「嘘つかない?」

「そなたにまやかしを言うなど」



とたん千尋は、ぱぱーーーっと満面の笑顔になった。

「よかったーーー! わたし、やっぱりハクが相手役なのが、いいーーー!!」

「うん。そうかい。嬉しいよ」
とりあえず、ほっとする少年。




「でね。来月は、『にんぎょひめ』なんだって」

「・・・・・・う、うん」

「わたしね、王子様の役なの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「がんばろうね!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「こんどは銭おばあちゃんが、脚本書いてくれるんだって」

「・・・・・・・・・・・」







そう、昔から。
荒れ狂う川の神の怒りを鎮めるには。
若い人間の娘を差し出すのが、一番。
そういうもんです。



はい。おしまい。



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※「むかしばなし」の挿絵をKenさまが描いてくださいました!豪華3枚立て!
 せっかくですので、「愛の油屋劇場」と題して
 「たからもの」の部屋にて上演させていただくことにしました!
 こちらから、どうぞ!




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