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<<< むかしばなし おまけ・人魚の涙 (2)>>> 

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翌日の午後。
父役が、手近な小湯女を呼び止めた。


「おおーい。ひさかたにまき。ちょっと湯婆婆さまの客人に茶を運んで・・・・ななっ!なんだ、おまえたち、その格好は!!」

「はい?」


拭き掃除をしていたふたりの小湯女は。
揃って顔を上げた。


ふたりとも・・・
水干の袴を膝上30センチほどまでにたくしあげて縛っている。


「ああ、コレですかぁ?」

「そうじゃ!なんという美味そうな・・・・あいやっ、はしたない格好を!」


「あの・・・みちるに教えてもらったんです。なんでも今、街ではこういうのが流行っているとかで・・・・」


「なんじゃとぉ? またみちるかッ!」

確か前回は、顔に日の丸や蹴鞠の絵を描くのを流行らせて。
そうそう、「れいやーど」だとか言って、袴の上に腰巻のようなものを重ねたり。
もうちょっと前には、ルーズなんとかいう、だぶだぶの足袋を流行らせたことも、あったな。


父役があたりを見回すと。

小湯女という小湯女はみな、超ミニの袴から、白い足を惜しげもなくさらけ出した姿で働いている。



「うぉっ!? ・・・・い、いかんいかん!!ハクさまに見つかる前に、全員にやめさせよ!!!!」

「えーー」

「特に、セン! あいつがそんな格好してるトコを、ハクさまがご覧になりでもしたら!!」

「・・・・怒られますかね・・・?」

「いや、・・・・きっと心取り乱されて、仕事が滞る」





* * * * *




「失礼しま・・・・・っっっ・・・・!!!!


父役の言い付けで、湯婆婆の応接室にお茶を持って来たまきとひさかたは。
ドアを開けるなり、一瞬言葉を失った。



室内には、5人の人物が。


一番出口に近いところに立っているのは、見慣れた帳場頭の少年。

その反対側に、これは初めて見る、中華風ないでたちの、利発そうな若い娘が立っていて。




その奥に。

深々とソファに腰掛けている、巨顔の魔女が『三人』




一人は、湯婆婆。
もう一人は銭婆。

そして、もう一人。
二人とは顔立ちが少々違うが。

真っ赤なチャイナドレスを着た、やはり、巨顔の老女。(名を"めぞ"なんとかと言うとか言わないとか。)



「ああ、この客人はね。隣国の・・『台湾』というところから来た昔馴染みの魔女でね。なんでも近々そこで、湯屋を始めるってんで、ウチに研修員を連れてきたんだよ。」

湯婆婆が、説明する。



「はあ・・・いらっしゃいませ」



この、濃ゆい調度品に囲まれた部屋に、これまた濃ゆい「なり」の魔女が三人、というのは、かなりの迫力だ。


二人の小湯女は少々緊張しつつ、ジャスミンティーを淹れて、魔女たちの前に配り。
ほかほかと湯気の立つ、お茶請けの点心を、添えた。







香りのよいお茶で喉を潤しつつ、ど派手なチャイナドレスの魔女は、おもむろに口を開く。


「この子を研修員として、一週間ほど、頼むね。名は青儀(Ching-Yi)って言うんだよ」

「青儀です。よろしくお願いいたします」


流暢な日本語。

中華風マオカラーの半袖の細身の上着に、ぴったりとした七分丈パンツ、といういでたちの少女が、丁寧に頭を下げる。
鮮やかなグリーンの衣服が、抜けるように白いなめらかな肌によく映える。



「なかなかに賢い娘でね。特に語学が達者でさ。そうさね、各種の中国語と、日本語、英語、おしらさま語、オオトリさま語、あと、日常会話程度なら、たいていの言葉は大丈夫だね」

「へえ。便利じゃないか。そんな秘書、あたしも欲しいね」
銭婆が興味深げに、青儀を見やる。

「いえ・・・そんな、まだ勉強中で・・・」
魔女の視線に、緊張した面持ちでかしこまる、娘。



  へえ・・・・・。
  おしらさま語やオオトリさま語がしゃべれるいうんは、便利やなあ。。。。
  あたしら、あの神さま達とはアイコンタクトっつーか、
  雰囲気でしか意思の疎通できひんもんな。
  教えといてもらおかな。



茶を淹れ終ったひさかたは、退出の礼をしながら。

あの「あーー。」とか「うーー。」とか「ぴよぴよぴよ。」とかにしか聞こえない言葉に意味があったのかと、感心する。



「あ、ちょいと、まき」
銭婆が、ひさかたと一緒に退出しようとしていた、もう一人の小湯女を呼び止める。

「はい。何でしょう、銭婆さま」

「例のアレね。今夜するから、準備しといておくれ。そうだね・・・・ギャラリー多いだろうから、大広間がいいね。『実行委員』たちに伝えといておくれね」



まきはぱっと微笑んで。
わかりました、と返事をし、ひさかたとともに下がっていった。







「ハク。じゃ、あんた、青儀に湯屋を案内してやっとくれ。しばらく小湯女見習として研修してもらうから」

「承知しました。青儀、こちらへ」


「はい・・・・あっ!」


やたらにふかふかと毛足の長い絨毯に、青儀が足を取られてつまづいた。


バランスを失って転びそうになったところを、反射神経のよい龍の少年がすっと手を添えて、支えてやる。


「大事ないか?」

「は、はい、すみません・・・」




恐縮する青儀を促して、帳場頭は部屋をあとにした。





・・・・のを、チャイナドレスの魔女が見咎めて、隣の湯婆婆に尋ねる。


「ちょっと・・・大丈夫だろうね、あんたんとこの帳場頭」

「何が」

「あたしにはさ、相手の過去が見えるんだけどね」

「ああ。あんたの特技だよね。それで?」

「あの龍の子・・・大人しそうな顔してるけど・・・・あんまり素行はよくないようだねぇ」

「へえ?そうかね」

「無抵抗な娘の手ぇ握ったり肩抱いたり壁に押し付けたり食物倉庫に連れ込んだり、ロクなコトしてきてないよ」











べらべらと大声でしゃべる魔女達の声は、廊下に筒抜けで。





・・・・・・・じ、事実だから、言い訳のしようはないが。
何故、 そんなところばっかり透視するのだ、・・・と龍神の少年は、文句の一つも言いたいところ。






不愉快なので、つかつかと歩みを速めようとしたところ。
じぃーーーーと、不信な視線を送る青儀にふと気づき。
誤解だ、とぶんぶん首を振る。








「青儀はウチの秘蔵ッ子なんだよ。手でも出されたらたまらないよ」

「あーっはっは。大丈夫だって。あの子にそんな甲斐性あるもんかい。」
湯婆婆が即座に否定する。

「そうかい・・・?」
まだ心配そうなチャイナドレス。



銭婆もすかさずフォローを。

「平気平気。結婚詐欺の常習犯みたいな顔してるけど、基本的には『人畜無害』だから。」











かちん。




思わず、ハクの足が止まる。






じ、『人畜無害』っ!?




あの魔女!!

な、何ということを言うのだ!!!!!


侮辱するにも、ほどがあるっ!!!!






『理性がある』とか『分別をわきまえている』とか、他にいくらでも言いようはあるだろうが!

言うに事欠いて、『人畜無害』とは、なんという言い草だ!!








男のプライドを傷つけられて、わなわなと震える白皙の美少年。








を、見て。

勉強熱心な研修生は、純真な瞳をきらきらさせながら、言った。





「ハクさま、わかりました! 湯屋の帳場を預かるのに適した人物というのは、一見『人畜無害』そうな、『結婚詐欺の常習犯のような顔』をしていて、『女の手を握り肩を抱き食物倉庫に連れ込んで壁に押し付ける』ような、男でなければならないのですね?! 私、ちゃんと覚えて帰ります!」




「・・ち、青儀・・・・・・・・・・ちょっと違うぞ・・・・」








その様子を、物陰からちらちら盗み見している小湯女二人。


笑いをこらえてお腹を押さえている、まきと。
『日刊・油屋社内報』のネタ帳に、何やらそそくさとメモをする、ひさかただった。。。



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