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<<< むかしばなし おまけ・人魚の涙 (4)>>> 

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「あきらめな。もう前売券も完売しちまったし、今さらキャンセルはなしだよ」
湯婆婆がぷはーっと煙草の煙を吐き出す。


前売券は、1日で完売した。
きっとあたしのおにぎりフィギュアをプレミアに付けたのがよかったんだ、とほくそえむ湯屋経営者。


・・・・・・前売り券を購入した神々(特に女性神)は、『おにぎりフィギュア』と聞いて『おにぎりを握る可愛い帳場頭のマスコット』を想像していたので、あとからかなりのクレームが来ることになるのだが。





「しかしですね、湯婆婆様」

「ええい、往生際の悪い! ボックス席のチケットだって、もう全部売れちまったんだよ!」

「ぼ、ぼっくす席、、とは?」

「ああ、あんた、そういうこと知らないんだね。特別席というか、、、要するに『桝席』さ」

「ま、桝席・・・・そんなものまで・・・・」

「そ。桝席のチケットは『特製湯屋のジオラマ付き』にしたのさ。飛ぶように売れたね」
ほくほく顔の、湯婆婆。


「それだけじゃないよ。中入りで売る弁当だの菓子だの飲み物だのの手配も全部済んじまってるし、『満員御礼』の垂れ幕だって準備できてるさ」

「・・・・・」


「今さらあんたがごねて中止、だなんてことになったら大損害だ。あんたの退職金全部没収したって回収できないね」



「・・・・・・・・・・・・・」



帳場頭の少年は、彼女が言うところの『損害』額を、頭の中でざっと概算してみた。

もともと、「経費をできるだけかけぬように」という企画だ。
たいした額ではない。


そして。

自分が身を粉にして働いて手にできる退職金というのはその程度のものなのか、と、かなりやさぐれた気分に。








いろんな意味でがっくりきている少年の目の前に、次々と並べられてゆく、舞台衣装。

さすがに白フリルや黒レースやヒョウ柄のキャミソールはなかったが。




まきが持ってきた衣装箱の中から。

あやめが、亜麻色の髪のかもじ(=カツラ)を取り出し。

みちるは、坊から借り受けた鯉のぼりの口を広げて『準備』を整える。

青儀は、化粧道具一式と鏡を持たされて。



ひさかたは、若干離れたところで、メモ帳と筆を手に、楽しそうにスケッチなどしている。






そして最後に、銭婆が箱から何やらきらきらと光るものを取り出した。






・・・・・・・・。





「・・・・・銭婆さま・・・?」

「ん?なんだい?」

「つかぬことをうかがうようですが・・・それも、私の『衣装』なのですか?」

「ああ、そうだよ。綺麗だろ?」


「か、髪飾り、でしょうか・・・」
一縷の望みを込めて、震える声で、少年は尋ねるが。

「阿呆。」
一蹴される。



「・・・・・・・・・銭婆さま。それだけは、・・・・・勘弁してもらえませんか」


龍神の子は振り絞るような声で、精一杯拒絶の意思を示すのだが。





「何言ってんだよ。コレをつけなきゃ、イヤらしいじゃないか。・・・ほら」





魔女は、しゃらん、とそれを投げてよこす。




反射神経のよい、龍の少年。
つい、しゅたっと上手にキャッチしてしまったものの。




その、2枚の小さなピンクの貝殻と、パールを連ねた細いストラップでできた『衣装』を手に、固まる。








  ・・・・・これではまるで・・・・・・







  一枚、また一枚と、着物を脱ぎ捨てつつ舞台で舞う、、、その、、俗に言う、
  『大人向けの見世物』の衣装のようではないか・・・・・っ!








廊下から遠巻きにしている蛙男たちは、彼に同情し、なんとか救いの手を差し伸べてやりたいと、心の中では思うものの。

きゃーきゃーと黄色い声を上げ、異常なほどの興奮状態にある女たちを向こうに回して渡り合う度胸は、毛頭、ない。





孤立無援のハクは、真っ白に固まりつつも、必死でその衣装を拒否するし。

それに対して女達はぎゃあぎゃあと抗議するし。

どうにも収拾が、つかない。









・・・・やむをえず、銭婆が妥協案を。










「仕方ないねぇ。そんなにイヤなら、他の話に変えてやってもいいんだけどさ」


「ええっ?! はいっ、ぜひに!」

願ってもない話に、すぐさま、飛びつく少年。




「そうだねぇ。たとえば」

「はい!」

「ディズニーの『リトル・マーメイド』じゃどうだい?!」

「・・・・・・は?」

「あれは、最後がハッピーエンドなんだよ。王子と人魚姫は結婚するんだ」

「あの。結末がどうとかいうのではなく・・・。」

「気にいらないかい? じゃ、和モノで『赤いろうそくと人魚』」

「・・・・・・・」

「オカルト風味も、悪くないね。船人を美しい歌声で誘惑しては殺しちまう、『セイレーンの人魚』は?」


「・・・・どうして、人魚からはなれてくださらないのですか・・・・っ!!」




「ええッ? だって。--------ねぇっ???」

銭婆は、期待まんまんの女たちに向かってちらと目配せを。

女たちは、またそろって、うんうんうんと、肯く。





ああもう、やってられぬ!と切れそうになった、そのとき。





「ハク様。どうしても、その衣装つけるの、・・・・いやなんですか?」

振り向くと。
再び、千尋のうるうる涙目攻撃。





「そ、そなたまで、そのようなことを、申すのか?!」

「だって。。。。」

「だって?」

「だって、その胸あて、わたしが一生懸命つくったのに・・・・・」



「え? センの手作り、なのか・・・・?」



  それは、知らなかった・・・。
  わたしのために、せっせと千尋が手作りしてくれたものだったとは。






  手先不器用ないとしい少女が、せっかく作ってくれたものだというなら。
  むげには、できない。


  しかし・・・・・・。











彼は、素肌に『それ』一枚を身につけた自分の姿を想像し。




・・・・やっぱり、固まった。





そして、その姿で舞台に立ち。


客席からきゃーきゃーとおひねりなどねじ込まれる姿を想像し。
*おひねり:チップのことです。(^^;)







・・・・・・・・さらに、固まった。







が。









「わたし・・・・精一杯、ハク様に似合うデザイン、考えて・・・」

「セ、セン・・・・」

「縫い物苦手だから・・・ゆうべ徹夜で・・・」

「・・・・ああ、その、ええと、、そなたの気持ちはありがたいのだが、、、」

「わたしなんかが作ったから・・・へたくそだから、嫌なんですねっ!? そうなんですねっっっ!?!? せっかく、せっかくハクさまのために、、、、っ」

もう、千尋の瞳には大粒の涙があふれんばかり。
あと一歩で、名場面「おにぎり」状態。



「あ! そそそそそそんなことはない!! そういう意味では、なくて!!」

「もう、いいです! いいんです! そんなにわたしの作ったもの着るのが嫌なら、センが人魚姫の役、やります!

















  ・・・・・・えっ。













一瞬、何故か顔を赤らめて言葉を失った、龍神の少年。




だがしかし、次の瞬間。





「ななななななんだってっ!!! それだけは、それだけは、それだけは、
絶対駄目だーっ!」








  そんなはしたない姿の千尋を、自分以外の神々の前にさらすなどっ!

  そして、拍手喝采を浴び、おひねりをねじ込まれるなどっ!!

  とんでもないっっっ!!!





「そなたにそのような汚らわしいことをさせるくらいなら、このわたしがっっ!」


























・・・・・・・・・・はっ。




























「決まりだね。」


満足げに微笑む、銭婆はじめ、女性一同。



灰のようになった少年の目の前で一列に並んできゃあきゃあと「くじ」を引く。

よく見ると、その列の中にはちゃっかり双子魔女やチャイナドレスの魔女まで。



当たったの外れたのと大騒ぎしている女達の嬌声を。
どこか遠い世界の出来事のようにぼんやりと聞きながら、考える気力を失っている少年の前に。
ちょこんと、千尋が座った。



「・・・あ。千尋・・・・そなたは『くじ』は引かないのか?」

「うん。みんながね、『センは、どうせいつでもできるんだから、いいだろ』って。」

「えっ」

「どういうことかな。毎日劇の稽古で見れる、ってことかな」

よくわからない、という風情の、千尋。


「・・・・・・・」


「でね、青儀さんが心配そうに、『センさん、とか食物倉庫には気をつけてくださいね』っていうの。---------でも、人魚姫にそんな舞台装置、ないし。」

いよいよわからない、と、首をかしげる少女。




「・・・・・・・・・・・・・」


「そしたらひさかたさんが、『ハク様は人畜無害やし、大丈夫!!』って笑うの。」

「・・・っ!!!!!」


「ねえハク、『壁』とか『食物倉庫』とか『人畜無害』って、なに?? ハクなら知ってるんでしょう? 教えて?」




にこにこと擦り寄ってくるひな鳥のような少女を前に、大混乱しているハクの襟首が。

背中から、ぐいっと引っ張られた。



「ささ。ハクさま、お召し替えを。」







おほほとにじり寄る、女達。------何故か、湯屋総勢の。





あやめが、嬉々として説明する。


「ふふふっ。どうせなんで、『空クジなし』にしたんです〜〜〜」

「・・・か、空クジなし?」

「はいー! 末等でも、4等の『足』♪」

「・・・・あやめ・・・・わたしの足は『もれなくもらえる残念賞の携帯用ふところ紙』か・・っ?」

「あ、ハク。それ、『ティッシュ』っていうんだよ♪ 街ではただで配ってることもあるよ」

「・・・・・てぃ、てぃっしゅ・・・・・・・」




「ハクさま。そろそろご観念くださいね?」

「人生あきらめが肝心やでー」

「帳場頭、って大変なお仕事なんですね。勉強になります。」

「それでは。ごめんくださいませーーー♪




「・・え? あ?! そ、そなたたちっ、をするーーーー! こらっ放せ、放さぬかーーーーーー!!!!」
















哀れな少年の悲鳴は。

よってたかって『へあめいく』に群がった女たちの嬌声にかき消され。






あとには、なんまいだ、なんまいだ、と低くつぶやく蛙男たちの声が、かすかにもれ聞こえていたのみという・・・・・・









はい。おまけも、おしまい。


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