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<<< 折鶴 >>> 第二夜
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それ以来、琥珀の演技は、少し変わった。
いや、むろん、多少の素人っぽさはすぐには抜けきれなかったのだけど。
演技に対する姿勢が変わったというか。
ああ、例えば。ここも。
Yukiは、ぷかぷか煙草をふかしながら、スクリーンに目をやった。
息を止めた千鶴の手を引いて、白い水干の少年が太鼓橋を渡り終える寸前。
「ハクさまー! どこへ行っておったー」
青蛙の言葉に肝をつぶす、少女。
危うく彼女の存在が露見しそうになったとき。
少年神は、大湯女たちの着物の裾を翻し、その騒動のどさくさにまぎれて、
目にもとまらぬ早業で千鶴を坪庭に隠した。
撮影直前、黒づくめ衣装の男は、いつもの調子で軽口をたたいたものだった。
「お〜い、龍神さまよー。『スカートめくり』がんばれよ〜〜 ほんっとお前ってば、美味しい役どころだよなーーー」
琥珀は、ちら、と彼を軽く睨んだが。
ひとことも、返さなかった。
大湯女役の女達がうふふと笑いながら、目配せをする。
実は、彼をからかおうと、衣装の下に、わざと過激 な下着をつけていたりする、困ったお姉さまたち。。。。
心配そうに、自分を見上げる相手役の少女に。
固い表情のまま、だいじょうぶ、とささやく。
微笑むほどの余裕はないけれど。
彼女に迷惑をかけたくない。
「Action!」
ADの掛け声とともに、千秋の手を引き、猛然と女達の足元にダッシュする、琥珀。
「あ〜〜〜れ〜〜〜〜〜え〜〜〜〜〜♪♪」
大湯女の、黄色い声。
「OK!」
な〜〜んだ、つまんな〜い、という女達の声を背中に聞きながら。
琥珀は、その場に座り込んだ。
「よかったよ、琥珀くん。すごく・・・・どしたの?」
「な、、なんでも、ない・・・っ・・!」
・・・・・さすがに、中学生には・・・目の毒だったようで・・・・
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「ども! ごっつぁんっっス!!」
「遅くなって、申し訳ないっス!」
パーティー会場に、重量感豊かな男達が、どよどよと入って来た。
「あ!横綱! 関取のみなさまも! ようこそお越しくださいました!」
横綱、と呼ばれているのは。
ほんとに、『横綱』だ。
角界に君臨する、れっきとした、『横綱』。
実力がものを言う、しきたりの厳しい大相撲の世界に。
自らの力で、新風を吹き起こし、最高位の座についた。
まさに、人気・力量ともにナンバーワンの、若き王者。
彼は。
この映画に特別出演し、多くの若い女性ファンを獲得した。
「も〜〜〜ぉ、かっわいい〜〜〜〜〜〜〜っっ♪♪♪♪」
のだ、そうだ。
・・・・・・彼の、「おしらさま」役が・・・・・。
同じ部屋の若手力士たちは、「オオトリさま」役を演じ。
押し合いへし合いしながら、湯につかる姿が、また、かわいい♪と。
彼らの出演も、『千と千鶴の神隠し』に大きく貢献した。
大柄な男達の登場に、会場がどよめいていたとき。
スクリーンは、ちょうど、最初の見せ場を映し出していた。
油屋で初めて一夜を明かし、一睡もできなかった千鶴を。
少年が、豚になった両親に会わせてやり。
そして・・・・祈りをこめて作った握り飯をふるまう。
不安にたちすくみ、かちかちに張り詰めていた彼女の心を解きほぐしてやりたいと。
力づけて、やりたいと・・・
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撮影は、とりあえず順調に進んでいた。
琥珀少年も、次第にまわりに馴染んだし。
まあ、なかなかプロの役者のようには、すんなり行かないこともあったけれど。
「私のことは、ハク様とよれ・・・っっっ・・・!!! あっすいませんっ!もう一回!!」
多少せりふをとちっても、しゃきっと仕切りなおすその姿は。
共演者、スタッフたちに好感を与えた。
ところが・・・・・・・
見せ場となる、『おにぎり』のシーンで。
どうしても、OKが出ないのだ。
彼は、もともとどちらかというと、あまり感情を表に出さない少年だった。
それが幸いして、ポーカーフェイスで湯屋を取り仕切る帳場役のシーンは、
むしろ、苦なくこなせた。
しかし。
泣きながら握り飯を頬張るヒロインを見守る、その表情に。
温かみが出ない、と。
宮崎監督も、にがり切っていた。
「あのさぁ、琥珀。お前はここで、別に『千鶴』に負い目があるとかじゃ、ないんだぞ? 同情してるだけでも、ないんだ。」
「はい」
「『申し訳ない』とか『かわいそう』っていうような、しけた顔するな」
「・・・・はい」
「でもな、心から笑顔満開、ってわけにも、いかんのだ」
「・・・・・・・」
千秋が、助け舟を出す。
「だいじょうぶです。琥珀くん、きっとできます。もう一回、お願いします」
・・・・・相手役の少女にすまない、という気持ちばかりが先に立って。
監督が要求する、『どことなく儚い翳りを残しつつ、しかし、懐かしげであたたかな、包み込むような瞳で少女の肩を抱く』演技が、できないのだ。
・・・千秋は自分に付き合って、もう、何度、このシーンを演じたことだろう。
そのたび、大粒の涙をぼろぼろと流して。
目薬も使わず。
どんなにか、辛いのではなかろうか。
「でも、、荻野ちゃんも、ちょっと休憩したいんじゃないか?」
「平気です、監督。お願いしま・・・」
ふっと、少女の顔色が変わった。が、すぐ笑顔に戻り。
「すいません!ちょっと、メイク直してきます! すぐ、もどります!!! 琥珀くん、休んでてねっ!!」
ぱたぱたと駆けて行く、少女。
その後を、彼女のマネージャーが、あわてて追いかけた。
が。
それきり、なかなか彼女は帰ってこない。
スタッフ達は、ちょっと休んでるんだろ、などと言い合っていたが。
琥珀は、心配になってきて。
楽屋のドアをノックした。
「荻野さん・・・だいじょうぶ?」
ドアの中から、返事が返る。
「だいじょうぶっ!!! こっち来ないで! すぐ行・・・・」
直後、激しい嘔吐の音が、聞こえた。
「荻野さん!!」
琥珀は、夢中でドアを開けた。
「平気だったら!来ない・・」
千秋は、洗面台に突っ伏して、嘔吐しつづけていた。
マネージャーの女性が、背を撫でている。
「相手役に、・・・琥珀くんに、こんなとこ、見せたくないの! あっち行って!」
彼に背を向けたまま、少女は必死で叫ぶ。
「出てって! こんな汚い姿見たら、・・・琥珀くん、わたしのこと好きになる演技なんて、出来なくなる!!」
琥珀の、心が震えた。
無理して、食べていたのだ。
あの、おにぎりを・・・・・!
自分がNGを出し続けるものだから。
そのたびに、どんな思いであれを食べていたのか。
マネージャーが、彼に打ち明けた。
「千秋ね、、、、役作りのために、かなりダイエットしてて・・・・成長期なんだから、無理しなさんな、って言ったんだけど、、、、あの子、聞かなくて・・・・」
胃が細くなっていたところに。
急に大量の握り飯を、食べた。
体を壊して、当然だ。
真っ青な顔で吐き続ける少女に。
琥珀は、そっと近付き、その背をさすってやった。
うーーーっとうめいて、少女がもう一度、吐く。
「ごめん・・なさ・琥珀くん、自分のことだけでも大変なの・・・に・・」
千秋は、泣きじゃくった。
ごめんなさい、ごめんなさい、と言い続けて。
謝ることなんて・・・ない・・・。
タオルで、少女の顔と髪の汚れをぬぐってやる。
何度も。何度も。
そのたびに、また、泣きながら謝る、少女。
自分がふがいないからこそ、招いた事態だというのに。
この子は。
そんな自分を責めるどころか、逆に気遣ってくれて。
琥珀はたまらなくなって、少女の肩を抱いた。
自分にできることなら、なんでもしてやりたいと、心の中で、叫んだ。
・・・・彼女のことを、好きだ、と、思った。
そのとき。
千秋のマネージャーが、叫んだ。
「琥珀君! その顔よ!」
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