**********************

<<< 折鶴 >>> 第五夜

**********************







「おまえ、ちょっと出て来れねーか? いや、俺が"慰めて"やりたいとこなんだけどさ」

『行きます』

がちゃん!!!






・・・・・・・。

たく。乱暴な切り方しやがって。
人の話、最後まで聞けよ。




YuKiは電話に毒づいた。




ま、いっか。
わざわざ教えてやらなくても。
聞いたらアイツ、また熱くなるだろうし。



「YuKiくーん!出番ですよーーー」

「あ。はいはーい」



YuKiは缶コーヒーを飲み干し、さきほど言おうかと思って言いそびれた言葉を反芻する。


---------俺が"慰めて"やりたいとこなんだけどさ。・・・・・どうやら、"嫌われ"ちまったみたいだし。




* * * * * *




時は、二、三十分ほどさかのぼる。





「あー。やっぱ食ってねえじゃん。駄目だよ、荻野ちゃん」



長引く水中撮影が一時中断され、昼食休憩になったとき。
どこへともなく、千秋は姿を消した。


気になったYuKiがあちこち探し回ると。


少女は、季節感なく花が咲き乱れる中庭のセットの中で、ひとりぽつんとしていた。
丸めた台本を握り締めて。

かたわらに、ほとんど手をつけられていないままの、仕出し弁当。



「あ・・・YuKiさん・・・わたし、まだお腹空いてなくて」

ぎこちなくほほえむ。
濡れ髪は、まだ乾ききっていない。

微笑しようとして震える口元と。
ぽたぽたと肩に滴る、涙のような雫(しずく)。






・・・嘘つくのが下手な、子だな。
女優なんて、できるのかな。





「食べないと、身体もたないよ? 午後からまた、さっきの続きだろ?」

「すみません。ほんとだったら、午前中にYuKiさんとのシーンも撮り終わる予定だったのに・・・撮影スケジュール、狂わせてしまって・・・・お忙しいのに、ほんとにほんとに、すみません・・・ちゃんとOKもらえるように、がんばりますから・・」







・・・・また、この子は。
人のことばかり、気にするんだから。


軽いため息。



謝るヒマがあるんなら。
わんわん泣いちまう方が、すっきりするのにな。



   ・・・・・・いっそ。
   泣かせてしまおうか。





「・・・にしても、珍しいなあ? 荻野ちゃんがあんなに"手こずる"なんてさ」



その言葉に。
少女は、かわいそうなほど、小さく萎れてしまった。
涙をこぼすまいと一生懸命こらえているのが、細い肩から伝わってくる。


その姿を映す男の瞳に、微妙なゆらぎがほのめく。




「・・・・・・あのさ」

「はい」

「荻野ちゃん」

「・・・はい」

「教えてあげようか。俺が」

「え?」

「・・・・・『千鶴』が、何を思い出したのか・・・・」





ずい、と男は千秋の間近に寄った。


   彼の愛用しているコロンのウッディな香りが、ふい、と強まる。




「ほら、ここ。」

千秋の右隣にぴったりと腰掛けると、台本を広げた。

そして、片手で台本の中の一節を指し示しながら、空いている方の手を彼女の肩に回した。





ぴく。
少女が一瞬、身をすくめる。




が、彼は少女の反応に気遣うふうもなく、ぱらぱらと台本をめくっている。





え・・・っと・・・。
どう、、しよう・・・・。
払いのけたりしたら、、、悪い、、、のかな、、、、、。



千秋は、台本を覗き込むふりを装って、さりげなく身体の向きを変え、その手から逃れようとしてみた。



が、彼の手は、一向に離れる様子はなく。
逆に、ぐい、と、引き寄せられてしまった。



   普段は、おしゃれな香りだな、としか感じない彼のフレグランスが。
   妙に、生々しく感じられて。



かなり困ってしまう、千秋。



に、お構いなく、彼は耳元でささやくように話し続ける。

「ここのとこでも。この龍神の男、やたら何度も『千鶴』に触ってる。でも、『千鶴』は嫌がってないよな?」

「は、はい・・・」

「女の子って、普通、こういうの、警戒しない?」




・・・・・そう思うなら、手、離してくれないかな・・・・・・。
とは、口に出せず。



   決して強い香りではないのに。



「えと、、、それは、その、助けてもらってるわけだから、、、、、、」


   酷く息苦しい。


「助けてくれるんだったら、触られても嫌じゃないわけ?」


   新鮮な空気が、吸いたい。。。


「あ、、、そうなんじゃないでしょうか・・・」


「ふうん」




少女の肩に回されていた腕に、いきなり力が込められた。

そのまま抱え込まれるように抱きすくめられて。
広げていた台本がばさりと落ちた。



「え?! ゆ、YuKiさんっっ??????」


   ウッディなミドルノートが強引に少女を包む。


「恩売るわけじゃないけど」



ばらばらばらーーーっ。
つむじ風にあおられて、芝生に落ちた台本のページがめくれあがった。



「俺だって君のこと、助けたんだぜ? 忘れたとは言わせない」

「!!」




そ、それは、そうだけど! そうなんだけど!!!
でも!!!!




なんとか男の腕の中から逃れようと、身体をよじるのだが。
力では、どうしたってかなわない。


Yukiはそのままゆっくり身体を傾けて。
体重ごと、芝の上に倒れこんだ。



「ーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
悲鳴を上げようとした口元が、大きな手で押さえられた。



「暴れないで。静かに。・・・・さあ、思い出してごらん」




やめてー!
こんな、こんな状況で、考えられるわけ、ないじゃないーーーーーー!!!




ますます強められる力に、身動きが取れなくなって。

  
   逃れられない森の薫りの重さに、意識がくらむ。


言いようのない恐怖と嫌悪感に、じわじわと涙が浮かびそうになる。





いや! いやいやいやいやいやいやいやーーーーーーーっ!!






瞼の裏に、・・・・ある少年の姿が浮かぶ。
助けて欲しい!



が。
---------彼はここにはいない。








千秋の瞳がきっと固まった。



がじっ。


「いってーーーーーーーーーっっ!!!!!」




自分を押さえ付ける力が瞬間緩んだ。

口を塞いでいた手に噛み付いたのだ。



千秋はそのまま、ばっと起き上がると、一目散に駆け出す。


   まといつくウッディノートから・・・逃げ出す。


「お、おい、荻野ちゃん! 違うって!!!! 待てよぉーーーーー!!!!!








少女の後姿は見る見る小さくなり、もう、手の届かないところへ。


足元に、彼女が取り落としたままの台本が転がっていた。


拾い上げて。

見るともなしに開けたページの、『千鶴』のせりふ。




『わたしが欲しいものは・・・・あなたにはぜったい、出せない。』




ぱふ。

ページを閉じる。


「・・・・・・わかってるさ」




* * * * *



<INDEXへ> <小説部屋topへ> <折鶴4へ> <折鶴6へ>