**********************

<<< 折鶴 >>> 第六夜

**********************







ええん、ええん、、、、。


撮影所のセットの片隅で。

千秋は、膝を抱えて、泣いていた。


休憩時間はもう、とうに過ぎているだろうけど。
とても、演技をする気持ちにならない。



と。




かさっ。


足元の芝生が乾いた音を立てた。



「荻野さん?」



視線の先に。
見慣れた、白いスニーカー。



ぐしぐしの目を上げると。


洗いざらしのジーンズに、インディゴブルーのダンガリーのシャツ。


「ど・・・どうしたの」


耳元で揺れる、さらさらの髪に光る汗。
整った綺麗な顔。


「み、宮崎、監督に、、きつい、こと、、言われた?」


問いかける声の。
息が、切れている。



「琥珀くんーーーー!」

千秋はいきなり、少年にしがみついた。


「遅いっ!!!!」

「え?あ、ええと??」
家から大通りまで走って、地下鉄ぎりぎり乗り継いで、降りてからまたダッシュしてきたんだけど。


「遅い遅い遅い遅いーーーーーーーーーーっ!!!!」

「あ、ああ? ごめん、謝るから、泣かないで?」

「遅いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

「ご、ごめんってば」



いまいち事情がよく飲み込めていないのだけれど。
汗だくの少年は、とりあえず、懸命に謝りながら、自分にすがりついてあんあんと泣く少女の背を、軽く叩いてやった。


「遅・・ぉ・・い・・」

「うん。ごめん」


少女がまだ泣きやまないので。
琥珀は、おずおずと両の腕で彼女を包んでみた。


『龍神の少年』のようにかっこいい抱擁ではなかったけれど。

千秋がぎゅっと自分の背に手を回して、それに応えたから。

もう少し、力を強めた。




「・・・?」

   少女の髪から。
   かすかに漂った、深い森林の匂い。



・・・自分の顔から、血の気が引くのが、わかった。


「・・・荻野さん・・・?・・まさか、」





----------聞きかけて、やめる。

彼女は泣いているのだ。


聞いてはいけない。




聞いては、・・・いけない。






琥珀は、言葉を棄てた。






そして。






奪った、とか。
求めた、とか。
与えた、とか。


そういうのでなく。






自然に重なった、唇。









    <もう、だいじょうぶ?>

    <・・・・うん。>








指先から。
髪から。
唇から。


通じるもの。想いというものは。

言葉も説明も、いらない。



たがいのこころが、
ゆっくりとゆるめられていくのが、感じられたから。





それで、いい。
















   ・・・・好きな人に触れられるのは、いやじゃないんだ。・・・・

   YuKiさんには、悪いけど。






千秋は、あたりまえのことを、考えていた。







   そうだよね。
   だからだよね。

   『千鶴』は『龍神の男の子』が好きだったんだ。

   だから、嫌じゃなかったんだ。





   ああ。そうなんだ。
   それを、教えてくれようとしたんだ。YuKiさん。
  
   。。。。教え方に、、かなり問題あるとは思うけど。







ざわわわわわーーーーーーーー。
吹き込んできた、一陣の風。


「はくしゅんっ!」


「あ、琥珀くん・・・・、汗かいてるから、、、身体、冷えちゃう。着替えたほうが・・・ 衣装さんから、何か、借りる? 風邪ひいたら大変」

「大丈夫だよ」



笑う少年の額にまだ光っている汗。






   ・・・・・・初めて会った時も。
   琥珀くん、汗びっしょりだったっけ。

   オーディションの会場探して、迷ってたんだ。



   わたしのあげたお茶を、すごくおいしそうに飲んで。

   ああ、この人と一緒にお仕事したいな、と思ったんだ。





と。


「あっ!!!」

突然千秋がすっとんきょうな声を上げて、琥珀から身体を離した。



「え?」

「わかった! わかったよぉ!!」

「な、何が?」

「ありがとう、琥珀くん!」

「え?えええ????」

「あとで! あとでね、琥珀くん! ほんとにありがとう!!!」

「荻野さ・・・・?」

「わたし、撮影行ってくる!」

「え? あ、うん・・・・・・・?」

「ありがとーーーーー!」

呆然とする琥珀をその場に残し、千秋はぱたぱたと走り去った。







   わかった!!!
   白龍の背に乗って。
   『千鶴』が『何』を思い出したのか!!
   うん!
   わかった!!!!!




* * * * *



<INDEXへ> <小説部屋topへ> <折鶴5へ> <折鶴7へ>