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<<< 折鶴 >>> 第六夜
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ええん、ええん、、、、。
撮影所のセットの片隅で。
千秋は、膝を抱えて、泣いていた。
休憩時間はもう、とうに過ぎているだろうけど。
とても、演技をする気持ちにならない。
と。
かさっ。
足元の芝生が乾いた音を立てた。
「荻野さん?」
視線の先に。
見慣れた、白いスニーカー。
ぐしぐしの目を上げると。
洗いざらしのジーンズに、インディゴブルーのダンガリーのシャツ。
「ど・・・どうしたの」
耳元で揺れる、さらさらの髪に光る汗。
整った綺麗な顔。
「み、宮崎、監督に、、きつい、こと、、言われた?」
問いかける声の。
息が、切れている。
「琥珀くんーーーー!」
千秋はいきなり、少年にしがみついた。
「遅いっ!!!!」
「え?あ、ええと??」
家から大通りまで走って、地下鉄ぎりぎり乗り継いで、降りてからまたダッシュしてきたんだけど。
「遅い遅い遅い遅いーーーーーーーーーーっ!!!!」
「あ、ああ? ごめん、謝るから、泣かないで?」
「遅いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「ご、ごめんってば」
いまいち事情がよく飲み込めていないのだけれど。
汗だくの少年は、とりあえず、懸命に謝りながら、自分にすがりついてあんあんと泣く少女の背を、軽く叩いてやった。
「遅・・ぉ・・い・・」
「うん。ごめん」
少女がまだ泣きやまないので。
琥珀は、おずおずと両の腕で彼女を包んでみた。
『龍神の少年』のようにかっこいい抱擁ではなかったけれど。
千秋がぎゅっと自分の背に手を回して、それに応えたから。
もう少し、力を強めた。
「・・・?」
少女の髪から。
かすかに漂った、深い森林の匂い。
・・・自分の顔から、血の気が引くのが、わかった。
「・・・荻野さん・・・?・・まさか、」
----------聞きかけて、やめる。
彼女は泣いているのだ。
聞いてはいけない。
聞いては、・・・いけない。
琥珀は、言葉を棄てた。
そして。
奪った、とか。
求めた、とか。
与えた、とか。
そういうのでなく。
自然に重なった、唇。
<もう、だいじょうぶ?>
<・・・・うん。>
指先から。
髪から。
唇から。
通じるもの。想いというものは。
言葉も説明も、いらない。
たがいのこころが、
ゆっくりとゆるめられていくのが、感じられたから。
それで、いい。
・・・・好きな人に触れられるのは、いやじゃないんだ。・・・・
YuKiさんには、悪いけど。
千秋は、あたりまえのことを、考えていた。
そうだよね。
だからだよね。
『千鶴』は『龍神の男の子』が好きだったんだ。
だから、嫌じゃなかったんだ。
ああ。そうなんだ。
それを、教えてくれようとしたんだ。YuKiさん。
。。。。教え方に、、かなり問題あるとは思うけど。
ざわわわわわーーーーーーーー。
吹き込んできた、一陣の風。
「はくしゅんっ!」
「あ、琥珀くん・・・・、汗かいてるから、、、身体、冷えちゃう。着替えたほうが・・・ 衣装さんから、何か、借りる? 風邪ひいたら大変」
「大丈夫だよ」
笑う少年の額にまだ光っている汗。
・・・・・・初めて会った時も。
琥珀くん、汗びっしょりだったっけ。
オーディションの会場探して、迷ってたんだ。
わたしのあげたお茶を、すごくおいしそうに飲んで。
ああ、この人と一緒にお仕事したいな、と思ったんだ。
と。
「あっ!!!」
突然千秋がすっとんきょうな声を上げて、琥珀から身体を離した。
「え?」
「わかった! わかったよぉ!!」
「な、何が?」
「ありがとう、琥珀くん!」
「え?えええ????」
「あとで! あとでね、琥珀くん! ほんとにありがとう!!!」
「荻野さ・・・・?」
「わたし、撮影行ってくる!」
「え? あ、うん・・・・・・・?」
「ありがとーーーーー!」
呆然とする琥珀をその場に残し、千秋はぱたぱたと走り去った。
わかった!!!
白龍の背に乗って。
『千鶴』が『何』を思い出したのか!!
うん!
わかった!!!!!
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