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<<< 折鶴 >>> 第七夜
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「あ。シャンペン、もう一杯いただける?」
「ねえ、次の映画、もう決まったんだって?」
「今度のは、かなりダンスシーンがハードらしくて。頭痛いよ」
「へえ。そうなんだ」
ざわざわざわ・・・・・・・。
華やいだパーティー会場で。
交わされている、会話。
「ねー。千秋ねーちゃんはー?」
たどたどしい声で尋ねるのは、湯屋の一人息子役を演じた幼い男の子。
紙オムツなどのCMで人気を集めた赤ちゃん時代からこの業界にいる。
今はドラマの子役をしたり、味噌のCMに出演したり。
幼児向け学習雑誌のモデルをしたりもしている、売れっ子。
「んー。いないわねぇ。どこ行っちゃったんだろうねぇ?」
付き添いの母親が答える。
千秋になついていた彼は、千秋ねーちゃんと会えるって言ったじゃんかー、うそつきー、などとごねて、母親を困らせている。
さて。
そうこうしている間も。
スクリーンに映し出されつづけている、『千と千鶴の神隠し』ノーカット版。
「あーーっ!!!!」
「どしたのよ。YuKiくん。急に変な声出して」
「ここ!ここさっ!」
YuKiは、スクリーンを指差す。
「え?」
双子魔女役、冬木マリがそちらに視線を向ける。
「惜しいなぁ!! 俺、このシーン気に入ってたのにさぁ」
「ああ・・・・そうね。上映版ではカットされちゃったのよね。もったいない。。」
「俺と荻野ちゃんの唯一のラブシーンなのにさーーー!!」
「・・・・・・・あん?」
『沼の底』は。6つめの駅だ、と蜘蛛の老人は念押しした。
が。。。。
「どうしよう!? 間違えた!!」
降りたホームの案内板を見て、呆然とする、千鶴。
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| 沼の中 |
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
| 沼の口← | →沼の底 |
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一駅手前で、降りてしまったのだ。
さきほど、車両点検のために、古びた駅で一時停止した。
あの駅は、数えちゃいけなかったんだ!
振り返ると。広がる夕闇。
もう、電車のテールライトははるか彼方に溶けていて。
線路に残るのは、遠ざかりゆく車輪のかすかな残響。
「・・・・・ああっ・・・・・・・」
がっくりと膝を折る千鶴に。
「ア・・・ア。。」
カオナシが、しゃがみこんで背を向けた。
「え?」
「ア。。アア。。。。。」
おぶってやる、というのだ。
「カオナシ・・・。」
黒い化け物は、首を振り振り、肩越しに一生懸命訴える。
----------『食べたりしないよ・・もう』。
『おんぶ準備体勢』を取ったまま、黒くて細い手を背中にあてがって。
所在なげにうつむいて・・・じっと、待っている。
・・・ああ。このひとは。・・・
千鶴は、その背中を見て、思った。
奪いたかったんじゃない。
与えたかったんだ。
欲しがったんじゃない。
あげたかったんだ。
自分の中にほとばしっていた、「ひとを愛する気持ち」を。
あふれんばかりの、「ひとを愛したい気持ち」を。
だれかを大切にしてあげたい・・・喜ばせてあげたいという想いを。
だれかに、もらってほしかったんだ。
なのに、湯屋でみなからちやほやされて、せがまれたものは。
このひとが、ほんとうにあげたかったものじゃなくて。
むなしく散らばる黄金の光。
どんなにそれをばら撒いても、満たされない心。
与えることができないまま体内に鬱積したやり場のない思いが。
癌細胞のように異常な増殖をして。
その身をどんどん醜く太らせた。
そして。
このひとを。・・・・苦しめた。
千鶴は男の前に回って、ひざまづき。
そして、彼の首にぎゅっと両手を回した。
「!!!」
「ごめんね。わたしがもらってあげられなくて」
カオナシが。
両手を自分の背にあてがった『おんぶ準備体勢』のまま。
千鶴に抱きつかれて、硬直した。
「・・・ありがとう」
「・・・・ァ・・」
子ネズミとハチドリも千鶴の肩によじのぼり。
動けなくなっている男の仮面に頬摺りをしてやった。
「さ、行こ。だいじょうぶ。一駅くらい、歩ける」
身体を離しても、まだカオナシが固まったままなので。
千鶴はにっこり笑って、手を差し出した。
「一緒に、行こう」
千鶴に手をつながれて、よろよろと立ち上がる、カオナシ。
かすかに・・・頬染めて・・・。
青い夕闇の中。
てくてくと線路を行く、少女と。男と。子ネズミと小鳥。
その後姿が少しずつ小さくなってゆくにつれ。
色濃くなってゆく、夜空。
光を増す、星のまたたき。
白い龍のような。美しい天の川・・・・・
「ああー!!! 何度見ても名シーン〜〜〜〜!!! 泣ける〜〜〜〜〜!!!!」
「はいはい。」
魔女役の女優は、くすくす笑いながら、向こうへ行ってしまった。
YuKiは。
撮影直後のことを、思い出していた。
このシーンは。自分にとって最後の撮影だった。
OKが出たあと。
千秋は、自分に向き直って。
ありがとうございました、と言って、手を差し出した。
「握手してください」
「・・・・・・」
握手しかできないけれど。
ほんとうに、感謝しています。
お世話になりました。
彼女は、そう言って、極上の笑顔を浮かべた。
この子は、・・・・いい意味で美人になるだろうな、と思った。
「うん。また、一緒に仕事できるといいな」
「はい。そのときは、よろしくお願いします」
YuKiは両手で、千鶴の手を包み込んだ。
力を込めて、しっかりと握り締め。
「がんばれよ」
「はい」
ちらと視界の隅に、腕組みしてこちらを見ている琥珀が、見えたが。
---------ふん。このくらい、ケチつけんなよな?
YuKiは、軽く手を振って。
撮影所を去ったのだった。
かすかな、ウッディノートを残して。
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