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<<< 折鶴 >>> 第八夜

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そう。

初めて会った時も。

琥珀くん、汗びっしょりだったんだ。





残暑の日差しがまだ強い。
内ポケットからコットンのハンカチを取り出し、軽く額に滲んだ汗をぬぐう少年を見て、
少女はふふふっと笑った。




「え? 何か言った?」

二人で抜け出したカフェテラス。

ブラックタイの少年が、尋ねる。


「ううん。ちょっと思い出し笑いしただけ。」

夕焼け色のドレスの少女が答える。



「パーティー、もうじき終わるころかな」

「そうだね」

「戻らなきゃいけないかな・・・・やっぱり・・・」

「・・・・いいんじゃないか?」





* * * * * * * * * *




   夜空を、翔ぶ。
   白い龍の、背に乗って。
   

   夜風の心地よい冷たさが、
   呼び覚ます、遠い水の記憶。


   あれは・・・・小さなわたしの、小さな靴。
   

   冷たい水の中でもがくわたしを包みこんだのは。
   両の手で必死で握り締めた、命綱は。



   「ねえ、聞いて。わたし、今思い出したんだけど・・・・」


   思い出したの。

   とてもとても、たいせつなこと。

   ・・・・・思い出した。





* * * * * * * * * *


「で? 何を思い出し笑いしてたの?」

「琥珀くん、汗っかきだなって。」

「そうかな」

「うん。汗が似合うひとって、好き」

「・・・っっ?!?!」

琥珀が、飲みかけた水に、むせた。


「だ、だいじょうぶ?」
千秋ががたん、と立ち上がり、少年の背を叩く。




げほげほ。
突然、何言うんだ、この子。

ああ、また汗出てきたじゃないか。



「一生懸命なときとか、すっごく気持ちが動いているときの汗って、きれいだと思う」


さわっ。

少年の額に浮かんだ汗をハンカチで拭いてやる可憐な少女の姿に、
カフェの中の視線が、一瞬集まり、そして、またもとに戻った。



「ど、どっちかっていうと、いつも平然としてる、って言われる方が、多いんだけどな」


   昔から、よくそう言われる。感情をあまり表に出さない奴だと。
   いつも澄ましている、とか、すずしい顔をしている、とか。



「じゃ、わたしといるときだけ、違うんだ」

何故か嬉しそうに笑う、少女。



「わたしが泣いてた『あの時』も、・・駆けつけてくれた琥珀くん、汗だくだったよね」



   う。思い出すと赤面してしまいそうだ。



話題を変えられないものかと、目を泳がす少年を横目に、千秋は続ける。


「初めて会った時の琥珀くんも。やっぱり大汗かいていて」

「・・・・・;;;;」


   も、もう、いいって。その話は。



「でね。わかったの。『千鶴』が何を思い出したのか」

「え?」




充分、演技では表現できていなかったかもしれないけど。

そう前置きして、千秋は続けた。



「あのね。『千鶴』は、『龍神の男の子』のことを、好きだったでしょう」

「うん」

「『いつから』だったと、思う?」

「え??」



うーん。そこまで、考えていなかったなぁ。
だいたい、あの映画がラブストーリーかどうか、っていうのは微妙な線だと言われてるらしいし。



「わからない?」

「ごめん」
今さら、わからない、っていうのも、なんだけど。


「初めて会ったときからだ、と思うの。」

「初めて? ・・って、ああ、太鼓橋で会ったところ?」
あそこは・・・そんなに好印象なかったはず。
『千鶴』は突然どなりつけられて、『何よあいつー』とか言いながらふくれていて。



「ううん、違う」

「?」

「・・・・・川で溺れて、・・助けられたとき」

「ええっ!? まさか。だって」



だって。それは、『千鶴』が3つかそこら、ほんの小さな子供のときの話。
好きとか、そういうのは、わからないんじゃないだろうか。



「年なんか、関係ないの!! 女はね、3才だって、13才だって、30才だって、・・・103才だって、恋をするものなの!!!」


「・・・・ふ、ふうん・・・?」
少女の力説に、たじたじとなる、琥珀。


「でね。夜空を飛びながら、白龍の背中で、・・・・『千鶴』は思い出したの」

「だから何を・・?」





・・・・・・・。






もう、やめたー!!!
男の子って、鈍感なんだから。


これ以上説明するの、ばかばかしい。







『千鶴』はね。思い出したの。



川で溺れかけたことと。

川の。。少年の名前と。

そして。








・・・自分は、初めて会った時から、
この龍に恋していたんだ、ってことを・・・





* * * * *



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