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<<< 立春 >>> 第十二夜
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髪に。
大好きなひとの、吐息を感じる。
襖や障子の開け閉めは座ってするもの、と、湯屋へ来て、厳しく仕付けられた。
それがいつの間にか身に染み付いていたものだから。
きちんと畳に膝をついたままの姿勢で襖を開けようとした、千尋。
その肩の上から、思いつめたように伸ばされた少年の腕は。
襖の動きを封じたまま、いっこうに動く気配はなく。
音のない世界のなかに。
梅の香りが、立ちこめる。
想いをのせた、はなびらが舞う。
片膝立ちで自分の背中越しにかがみこんでいるような体勢の少年に、動きを遮られてしまって。
このままでは、立ち上がることも、できない。
「あのぉ、、ハク様。手、どけて、ください。襖、開けられ・・・ませんから・・」
ほつほつと窓を打つ、氷の雨。
はるかに轟(とどろ)く、浅春の雷鳴。
白い手が襖からそっと放された。
ほっとして、千尋が身体を浮かす。
と、次の瞬間。
襖を離れたハクの手は、・・・・そのまま千尋を抱き取った。
----------------放さない。
「きゃ! ハクさ・・」
少女の言葉を、龍神は遮った。
「私のことを、ハク『様』と呼ぶな・・!」
----------------放さない。
「で、、でも、、、、、」
「どうしてもそのように呼ぶのなら。」
----------------放さない。
「私は、このままそなたに夜伽を申し付けてでも、ここにとどめおく」
「・・・・!!・・・」
ぴくり、と肩を震わせた、少女。
ああ!
違う!
こんなことを、言いたいのでは、ない!
欲しいのは。
空蝉(うつせみ)の身体ではない。
心、だ。
なんの疑いもなく、寄り添ってくれる、つぶらな、瞳だ。
かけらほどにも価値のない肩書きや、
燃え残ってぷすぷすとくすぶっているだけの神の権威を、人間の娘にちらつかせて、
どうなると、いうのだ。
これでは、娘ほしさにうなり声を上げる獣と、寸分も変わらぬではないか。
どうして、ことばというものは、これほどまでに、思い通りにならないものなのか。
抱き締める腕の力を強めれば強めるほど、少女を遠く感じてしまうのは、なぜだ。
唇をついて出るのは、清楚な少女に嫌悪されるような醜いものばかりであるのは、なぜだ。
怯えさせて、力で従わせて、それで、どうする。
もどかしさに、唇をかみしめる、龍神の少年。
血がにじむ、ほどに。
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