**********************
<<< 立春 >>> 第十三夜
**********************
ぎゅうううぅっ。
「嫌!」
ぎゅううううううっっっ!
「嫌だからね!」
「・・・・千尋?」
「手を離したら、嫌っ!」
ぎゅうううううううううううううーーーーーーーっっっっ!!!!!
ぎゅうぎゅうと、ありったけの力をこめているのは。
千尋の小さな手。
うんうんと、真っ赤な顔をして。
自分の胸のあたりで交差されている、少年の手を。
離すものか、と。一生懸命握り締めている。
このまま、離されたく、ないと。
どんな思いで、彼が自分を抱き締めているのか。
それをあますところなく理解するには、彼女は幼くて。
ただ。
感じた。
少年の気持ちと。
自分の気持ちが。
とても近くて、なのに遠い場所で。
互いに迷子になってしまっていることを。
もし今、彼が少しでも腕をゆるめたら。
もう、永遠に出会えないような。
そんな、
漠然とした不安にかられて。
その腕に、しがみつく。
「きらい?」
「え?」
「こんな、わがままな女の子、困る?」
「我侭だなどと・・」
ハクの腕の力が、思わず少し緩む。
と同時に、千尋の指の力が、がっと強まる。
「嫌だったら! 離したらだめなの!!」
「は、はい」
・・・・・。
まるで叱られているようだ・・・。
「あのね。」
「うん?」
「なんだか、わたしも、鬼になったみたい」
「鬼?」
「『目隠しおにごっこ』って、知ってる?」
「ああ・・わらべあそびの」
「うん。・・・わたしたちふたりとも、目隠し鬼になってるみたい」
うまく言えないけど。なんとなく。
お互いをさがしているのに。
つかまえられなくて。途方にくれて。
そんな気がするの。
・・・・・そのつぶやきは、わらべうたのようで。
そして。少女は。
鬼の視界をくもらせるうっとうしい目隠しを。
何のてらいもないことばで、
-----いとも軽やかに、取り去った。
「ハク、って呼んで、いいんだよね? わたし」
「・・・・!・・・・」
鬼さん、こちら。
手のなるほうへ。
鬼さん、こちら。
桃の実、しんじょ。
鬼さん、こちら。
手のなるほうへ。
鬼さん、こちら。
栗の実、しんじょ。
※しんじょ:「さしあげましょう」
* * * * *
<INDEXへ> <小説部屋topへ> <立春12へ> <立春14へ>