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<<< 立春 >>> 第十五夜
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更けゆく夜に。
深けゆく想い。
よりそう気持ちに。
理屈はいらなくて。
好きだから、一緒にいる。
愛しいから、そばにいる。
それだけ。
それだけ。
「千尋は、すごいね」
「え?」
「千尋は、強い」
「???」
「千尋には、邪悪な鬼も、龍も、敵わない」
「????????」
少年が笑う意味がわからなくて。
千尋は一生懸命考える。
うーん。。
わかんない。。。。。
「千尋」
「うん?」
「お腹が、すかないかい?」
そういえば。
ずいぶん長い間、お月さまを眺めていたような。
いったい、今何時ごろだろう。
「夜食がわりに、一緒に食べよう」
ハクは懐に手を入れ、
水玉模様のハンカチで、はなびらづつみにされた菓子を取り出した。
一瞬、どう反応したものか、と迷う、千尋。
「私は人の世界の慣習(ならいごと)には疎くてね。これは、好き合う者どうしが、一緒に食べてはいけないものなのかい?」
・・『すきあうもの』。
そう、言ったよね?
ばーーーーーっと気持ちが舞い上がってしまう、千尋。
嬉しい。
はっきりことばにされてしまうと。
うれしいうれしいうれしいうれしいうれしい!!
「うう、ううう、うううううんっっ!!!!」
「・・・『うん』?・・『ううん』?」
嬉しくて、首を縦に振ったり横に振ったり、忙しい、少女。
「一緒に、食べよう? 千尋と一緒に食べたい。構わないね?」
とりあえず、うんうんうんと、一生懸命頷く。
・・・・・可愛い。
首振り人形状態の少女のまとめ髪が。
縦に横に、ぴょこぴょこ跳ねる。
その様子に目を細めながら。
ハクは、包みを解いた。
少々形のつぶれてしまった、チョコレートブラウニー。
ひとかけ、ちぎって千尋に渡し。
自分も、ひとかけ、手に取る。
それが、少年の口に入るのを。
丸い目で、じーーっと見つめている、少女。
ハクは。
ゆっくりと、それを噛み締めて。
口の中に溶けるほっくりとした風味を。
じんわり、胸の中に落とす。
いい味だね、と言われてやっと安心して。
千尋もそれを頬張る。
かすかなほろ苦さのあとに。
まろやかに広がる、甘味。
氷雨は、空の汚れをすべて洗い流し。
暗い雪雲が遠のいたあとのいざよい月は。
春霞をまとって、ほのかに潤み。
十五夜よりもおもむき深く。
「返礼には、白い菓子を贈るのだったかな?」
ボイラー室で教えられた、にわか仕込みの、知識。
リンに、念を押された。
必ず必ず、そうするように、と。
「あ。そうなんだけど・・・・いいよ、そんな・・」
『返礼』なんてあらたまって言われてしまうと、あせってしまう。
・・・・日にちも、違うし・・・・。
ハクはすう、と指先で空中に軽く円を描き、
何か、千尋にはわからないことばをつぶやいた。
すると、室内に散り敷いていた梅の花びらの中から、
ことのほか、清楚な輝きをもつものが、数枚浮かび上がって。
少年の手の平の上に、吸い寄せられるように、集まった。
「これで、いいだろうか?」
手渡されたものは。
梅の花の形をした、ちいさな砂糖細工。
「わぁ・・!! かわいい・・!」
「気に入ってもらえた?」
「うん!! うん!!」
「もっと欲しければ、いくらでも、作ってあげるよ?」
・・・・・。
「じゃあ。もうひとつ、おねだりしても、いい?」
「いいよ」
さきほどと同じ動きをしようとした少年の指先を。
千尋は、ちいさな両の手の中におさめて、止めた。
「なに?」
「あのね」
「こんどはね。白い・・」
千尋は、ハクの耳元に口をよせて、ささやいた。
・・・・・白い龍をひとつ、くれる?・・・・
いいよ、と。
少年は、少女の顔の前で、目を閉じた。
鬼さん、こちら。
手のなるほうへ。
こちらへおいで。
鬼は内。
鬼さん、こちら。
手のなるほうへ。
十六夜月が。
山の端に顔を隠した頃。
若い龍神と人の娘にも。
やっと。
立った、春。
<<< "立春" 終わり >>>