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<<< 立春 >>> 第三夜

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「あ!! チョコレート、直接火にかけちゃだめー。湯せんにするのー」

調理場。

千尋を講師に、『手作りチョコレート講座』がわいわいと開かれている。



大湯女のお姐さまたちが中心になり、湯婆婆に交渉して、チョコレート菓子の材料をせしめてきてくれたのだ。

お客に配れば、評判になるから、と。


まあ、本音は各個人それぞれだけど。
ライバルに差をつけたいプロ意識のある者、自分が食べてみたい者、実はひそかに想う男がいる者・・・・



さほど費用のかさむものでもないし、従業員達が商売熱心になってくれるのは結構なこと、と割合あっさり承知した、湯屋経営者。



---------と、いうようないきさつで。
2月なかばの明るい午後、きゃあきゃあと賑やかな女達の声に調理場が占領されているわけで。




「卵白はこのくらいに泡立てて・・・・あ、油っけのついたボウルじゃ生クリーム泡立たないのーー! バターは、ぺたーっとはけで伸ばせるくらいまで柔らかくして・・・」


講師役の千尋は、たすきがけで大忙し。


料理は苦手だけど、お菓子作りは好き。
おかあさんとよく作ったから、手順は頭に入っているし。
分量が目分量なのがちょっと不安だけど、まあ、なんとかなるかな。



チョコレートケーキ、トリュフ、チョコチップクッキー、フルーツのチョコフォンデュ。
ナッツ入り、生クリーム風味、ビター味。
色とりどりのスプレーや、銀色に光るアラザン、砂糖衣をまとったドライフルーツ。



「うふふん。わりと上手くできたわぁ」
「あんた、やっぱあいつに気があったんだー 蓼食う虫も好き好き、ってー?」
「ふんだ! ほっといてよ。 ・・・ああっ! くりーむが流れるーーーー!!!」
「あちっ! やだー火傷したーーーー」


目新しい、綺麗な菓子を目の前に、女達の声も弾む。
つまみ食いもしながら、わいわいと。
ほとんど、調理実習の授業のようで。
試食会も、なかなか好評。

だいたい、どこの世界でも、女っていうのは、こういうことが好き。




千尋も、溶かしたチョコレートを可愛い流し型で固めて、いろどりのよいトッピングをした小ぶりなのをいくつか作って。


それから、・・・・・・ちょっとがんばって、チョコレートブラウニーを焼き上げた。
これを作ろうと思って、ゆうべから、レーズンをお酒に漬け込んでおいたのだ。


ひとくち、味見。
ほっこりした、素朴な甘味。
舌触りも、しっとりしてるし。
まあまあかな。

あとは、飾りつけをして、と。

ハート型を抜き取った型紙をブラウニーの上に乗せて。
その上から、ほろほろと雪のように粉砂糖をふるいかけ。

そぉっと型紙をはずす。
すると、白いハートの形がケーキの上にちょこんと浮かび上がった。


うん。綺麗。上出来。



あとは、ラッピング。
んん。どうしようかなぁ。





千尋は、となりの小湯女が小布(こぎれ)で器用にチョコレートを包んでいるのに目をとめた。

「わあ。その包み方、可愛い! どうやるの?」
「え? セン、知らないの? 風呂敷でモノ包むのと同じだよー?」



あ。風呂敷!

そういえば、風呂敷って、いろんな包み方、あるって聞いたことがある・・・。
風呂敷でものを包むことって、自分じゃほとんどなかったから、よくは知らないんだけど。


前にお母さんが、2本の瓶を大ぶりな風呂敷でくるくると器用にねじりあげて、縦長の篭みたいな形にして提げていたことがあったっけ。

そうそう、すいかをおじいちゃんのところに持っていくとき、持ち手つきの丸い手提げのような形にしていたことも。

お酒の瓶の上と下にひとつずつ、可愛い蝶結びがちょこんと乗ったような形になるように包んで、贈り物にしていたのを見たこともある。


母がよく愛用していたのは、淡桃色のちりめんに、とりどりの花や鳥が染め抜かれたもので、包み方によって、表に現われる模様も様々に変わるし、結び目が華やかな包み方にすると、リボンも花も必要ないな、と感心したのを思い出した。


一枚の布が自在に形を変えて、中身にぴったりと合う入れ物になる。
実用的でおしゃれなものなのに、使い方を教わっていなかったことを、ちょっぴり後悔。





「あのさ。これは、『はなびらづつみ』って言ってね」
小湯女が説明してくれる。

布の中央に包みたいものを斜めに置いて、対角線上の端どうしをその中央でクロスしてそれぞれ結び、余ったところをふんわりと広げる。
そうすると、包んだものの中央に、花が咲いたような可愛らしい結び目ができるのだ。
以外に、簡単。


千尋は小湯女に礼を言って、その包み方を頭の中にしっかりと焼き付けた。





ラッピング用のペーパーやリボンがなかったから。
プレゼントにするには、ちょっと寂しいな、と思っていたのだ。


不思議の世界に迷い込んだ時に着ていた服のポケットに、ピンクの水玉模様がプリントしてあるお気に入りのハンカチが入っていた。
きれいに洗ってとってあるから、あれを使おう。


喜んでくれるかな。

・・・・・・ハク。


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