**********************
<<< 立春 >>> 第四夜
**********************
・・・・・。
どうして、そんな顔を、するんだろう。
甘いものって、嫌いだった?
千尋は、泣きたくなった。
いや、受け取ってはくれたのだ。
水玉模様のハンカチで可愛らしく包んだ、手作りのチョコレートブラウニーを。
ありがとう、嬉しいよ、とも一応言ってくれた。
バレンタインデーって、知ってる? って尋ねたら、ちょっと横を向いて、知っている、と。
でも。
その顔は。
喜んでいる、というよりは、困ったな、という色合いのほうが、濃くて。
「あ、あの、、、、。迷惑だっ・・・・た?」
営業時間が終わって、ハクしかいないときを狙って、渡したのに。
お仕事中とか、他の人がいるところでは絶対にだめだと思って。
「あ、いや、決して、迷惑とか、そういうわけではないのだけど」
・・・・・・やっぱり。
困ってる。
言葉を探して視線を泳がせている、目の前の龍の少年。
ええと、などと口篭もりながら、さらさらとした額髪をかきあげる仕草を見ていると、辛くなってきた。
渡し方が悪かった、とかじゃなく。
きっと、わたしからチョコレートをもらうの、嬉しくはないんだ・・・。
そうなんだ。
ハクは、優しいけれど。
別に、わたしのこと、女の子としてどうこう、っていうのとは違ったんだ。
思い返してみると、いつも自分を護ってくれてはいるけれど、「好きだ」とか、そういう言葉を口にされたことは、一度もなかった。
『親切にしてくれる』のと『好き』は、違う。
そういう、ことなんだ。。。
千尋は、突然ぱあっと笑顔を作った。
「あ。やだぁ。あんまり、真剣に取らないでよ? お遊びみたいなものなんだから、バレンタインなんて♪」
うん。この線でいかないと。
でないと、悲しすぎる。
ハクを困らせるのは、いやだし。
明るく笑って、・・・涙がこぼれる前に、向こうへ行っちゃおう。
そう思って、千尋が少年にくるりと背を向けたとき。
「千尋」
後ろ手に、手首を掴まれた。
思いがけず、強い力。
振り向けない。
顔を見たら、きっとがまんできない。泣いちゃう。
「千尋。私を見て」
そのやや低い声は。
困っている、というよりは、今度は怒っているようで。
「千尋!」
いつになく、厳しい声。
しかたなくそちらに視線を向ける。
「!」
翡翠の瞳が、冷たく震えている。
はっきりわかる。
彼は、怒っているのだ。
ハクにこんな目をされたことは、いままで、一度もない。
「今のことばは、どういう意味だ?」
どうして?
どうして、そんなに怖い顔をするの?
わたし、そんなに悪いこと、した?
ハクが好きだから、一生懸命チョコレートを作って。
でも、それじゃいけないようだから。
気にしないで、って言っただけだよ?
もう限界。
唇がふるえて、声が出なくなった。
まぶたに一生懸命力を入れているのだけれど。
もう、涙を止められなくなってしまった。
「千尋?」
少女の涙に一瞬ひるんだ、腕の力。
それを振りほどいて、千尋はだっと駆け出す。
「千尋、待・・・・!」
振り向きもせず、少女は走り去り。
あとには、呆然とした龍の少年ひとりが、取り残された。
------・・・・・・。
------ねえ、ちょっとぉ。逆効果だったんじゃなぁい?
------ほんとだぁ。どぉしよ?
------どうしようったって・・・・
------センに、可愛そうなこと、しちまったじゃないか。
------うまくいくと、思ったんだけどねぇ。
柱の影で額を寄せ合い、ひそひそ話をする、大湯女たち。
おせっかいするわけじゃないけれど。
なんとも可愛らしいというか、じれったいあの2人をなんとかしてやろうじゃないか、という親切心と。
ほんのちょっぴりのいたずら心。
それだけだったのだが。
------困ったねぇ。どうしたもんだろ。
大湯女たちは、顔を見合わせた。
* * * * *
<INDEXへ> <小説部屋topへ> <立春3へ> <立春5へ>