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<<< 立春 >>> 第五夜
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さて、話は、半日ほど前に、さかのぼる。
まもなく、油屋の開店時刻になろうかというころ。
大湯女たちが、手に手に小奇麗に包んだチョコレートを持って、仕事部屋へ向かおうとしていたところに、ちょうど、帳場頭の少年が行きあった。
「あ、ハク様。今宵は春日さま、お見えになる?」
「西風の神様は?」
めいめいが、口々に自分の馴染みの客が来ないか、と尋ねるもので。
不思議に思って、ハクがそのわけを尋ねると。
「うふふん。ハク様、『ばれんたいん』って、ご存知ですかい?」
「? いや?」
「人間達の世界の、はやりごとなんだって。ハク様も、きっともらうよ。」
大湯女たちは、にやにやと、目配せをしている。
何のことか、よくわからない、ハク。
「何をだ?」
「センったらさあ、張り切ってたし」
「だから。何のことだ」
「あのねぇ。こういう、菓子でさ」
大湯女のひとりが、包みを開けて中を見せてやる。
「あたしらは、まあ、仕事っていうか、義理っていうか、そういうのだけど。センってば、かわいいのなんの。」
「そうそう。『大事なひとにあげるの』なんて赤くなっちゃってぇ」
きゃあきゃあ笑う、湯女達。
こっちは忙しいのだ。
もったいぶらずに、手短に言えばいいものを。
まわりくどい、意味深な言い方には、苛々する。
千尋がらみの話題でなかったら、とっとと向こうへ行ってしまっているところだ。
「女が、この菓子を男に贈るっていうのはねぇ」
「言うならさっさと言わないか」
うふふっ、とまた、大湯女は含み笑いをする。
すい、と龍の少年の耳元に口を寄せて。
「・・・・・ってことなのさ。」
「!?!?!?!?」
「まあ、究極の愛情表現ってやつ? ちゃんと受け取ってやんなよ?」
帳場頭が目を白黒させているので。
彼女は、もういちど、言ってやった。
「だっからさぁ。人間の娘ッ子の間じゃあね、これは、♪どうぞ私を召し上がれ♪っていう意味なんだってさっ!」
きゃーーーーっと、皆で声を揃えて大喜びする、女達。
と。
・・・・・真っ白に固まる、ハク。
が、今度は真っ赤になって、あわてて抗議する。
「な、なにを言うのだ! セセセッセンはっ、別にその、っ、、、」
「今さら隠さなくったって。・・・・知ってるモンは、皆知ってますって」
「なっな・・何を、言うっ・」
「センとハク様がいい仲だってことくらい。ねぇ?」
「勘繰るな! 私とセンは、そういう・・・」
「ちょいと!! 聞き捨てならないね。センじゃ嫌だとでもいうんですかいッ!?」
「いや、いいいいい嫌だとか、では、毛頭ないが・・・っ!」
「・・・嬉しいでしょうが」
「・・・・」
「往生際の悪い。女に恥かかせる気ですかい? 意気地のないオトコだねぇ、ハク様ってば」
・・・・抗議にもなにも、なってない・・・・
つつかれるだけ、つつかれて。
言明しようとすると、ぼろがでて。
むしろ、遊ばれているような、気が、・・・する。
多勢に無勢。
まして、相手はこういうことにかけては百戦錬磨の姐さんたち。
どうがんばっても少年に勝ち目は、ない。
色男は辛いね〜〜 とか、 据え膳食わぬはなんとやら〜? などときゃらきゃら笑いながら、女達は仕事部屋へと上がって行った。
あとに、ぼーーーーーっと残されている、ハク。
あまりに唐突な話で。
にわかには信じがたくて。
いや、嬉しいのは嬉しいのだけれど。
自分が想う娘からのそういう申し出は。もちろん、嬉しいのだが。
一応、職場の上司である自分が、そういう話に簡単に乗っていいのだろうかっ?!
きょうび、世間ではこういう場合、『せくはら』と言うとか言わないとか。
何より、千尋はまだ、若すぎるし。
世間ではこういう場合、『犯罪』と言うとか言わないとか。
『ろりこん』と言うとか言わないとか。
『変態』と言うとか言わないとか。
一応神の端くれである自分が、『せくはら』で『犯罪』で『ろりこん』で『変態』とかいうことを、してもいいものだろうか?
しっ、しかし、断るというのは、千尋に恥をかかせることになるのでは。
・・・・いやいや、いっときの気の迷い、ということもある。
ここは、自分がやはり、自重するべきだ。
でも、、。。。。(/////)
まだ、チョコレートを受け取ったわけでもなんでもないのに、
千々に心乱れる、哀れな若い龍神だった・・・・
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