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<<< 立春 >>> 第六夜

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そして、その夜、遅くに。

頬を赤らめた、愛らしい少女に、『それ』を渡されてしまったのだった。




心積もりが、まだできていない。

千尋のまっすぐな視線に、どう応えたものか。

手作りの菓子を差し出されて、ハクは、まだ決心しかねていた。




「ハク? あ、、バレンタインデーって、知ってる?」

「・・・・知っているよ」
少し前に、大湯女たちに、教わった。というか、教えられた。




迷いと葛藤と渇望と自制と。
こもごもをないまぜにした汗が、背中を流れる。


心揺れている自分に比べ、にこやかに落ち着いた様子の、千尋。
もしかしたら、子供なのは、自分の方かもしれない。


悩むよりも、いっそ、千尋の想いに応えるほうが、いいのか。
お互いに好き合っている者同士なら、後ろめたいことではないはず。
なにより、女の方から、そう切り出しているのなら。


何故か、普段より妖艶に見えてしまう、少女の笑顔。

が、次第に、曇る。


「あ、あの、、、、。迷惑だっ・・・・た?」



いけない。
自分が黙ったまま、というのは、きっと一大決心をしてきたであろう彼女を、傷つけてしまう。



早く何か、言ってやらなくては。
でも。
ああ、困った。



意識しないうちに、娘の方に伸ばされようとしている自分の腕を。
あわてて、留める。
抱き寄せてしまったら、きっと、もう歯止めはきかない。

行き場のなくなった手を、さらさらとこぼれる額髪をかきあげることで、鎮めて。



やはり、よくない。


愛情深い分、独占欲も嫉妬も並外れて強い、龍の一族。
自分とて、決して例外ではないと、思う。


龍神(じぶん)と関係を結ぶいうことの意味を、この人の娘はわかっていないに違いない。




・・・・・・わかっていないうちのほうが、かえってよいのかも・・・



という、黒い胸のつぶやきを、無理やり、揉み消して。




あらんかぎりの誠意で、ことばを紡ごうとしたとき。

目の前の少女の唇から、信じられない言葉が飛び出したのだった。




----------真剣に取らないでよ? お遊びみたいなものなんだから---------



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