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<<< 立春 >>> 第八夜

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まだ厚く雪が残る梅林。
ぽつぽつと膨らみ始めた薄紅色のつぼみ。
ちらりほらり、小ぶりに開いたものもあり。

いざよいの月影にほんのりと浮かび上がるそれらは。
時折びょうと吹きすさぶ、冴えざえとした風鳴りの中。
咲き急いだことを悔いるかのように。
さやざやと震えていた。




「おとうさん。おかあさん。わたしね、失恋しちゃった・・・・」
千尋は、畜舎につながれた両親の前に、しゃがみこんでいた。


豚は、ふごふごと鼻を鳴らしながら、甘い菓子をむさぼっている。
その他大勢の豚も、お相伴にあずかって。





お父さん以外のひとに、バレンタインチョコをあげたいなんて思ったの、初めてだったのにな。


はぁ。。。。




もっとくれ、と寄って来る豚の頭をなでてやりながら。

少女は、りんと澄む月を眺める。



こころを、整理しよう、と思う。

知らない世界に迷い込んで。
頼れるひとが、ハクしかいなかったから。
だから、、、、気持ちがすごく、あのひとに傾いてしまっただけかもしれない。

とてもきれいな、それでいてどこかしらに、いつも哀しみをたたえている、
あの碧のひとみに。

こころが、吸い寄せられてしまっただけなのかもしれない。

恋、とかとは、きっと、違って。



だから。
たぶん、すぐ、立ち直れる。

すぐに、また、別の好きなひとが、できる。

そして、笑える。





ぴょぉぉぉおう。

半蔀(はじとみ)から吹き込む風に。
紅梅のはなびらが、しらしらと舞い込む。


はなびらとともに差し込む月の光が次第に細くなり。

やがて、その青い光と入れ替わるように。
ほつほつと地に落ちはじめる、氷雨(ひさめ)。



「・・あ、・・・雨・・・?」



見る間にさあと強まる、雨足。

雪化粧の野に千の針となって落ち。
地の底までつらぬきとおす、冷たい、雨。



雨が中に降り込んでこないよう。
千尋は、家畜小屋の半蔀(はじとみ)を、ぱたんぱたんと閉め始めた。


一枚、また一枚と、半蔀を落としながら。
千尋は、自分のこころにもひとつづつ蓋をかけているような、そんな気持ちになる。



・・・・・・・・・・嘘。





最後の一枚を、閉め落とすまえに。
千尋は、冷たい空気を、胸いっぱいに吸い込み。

ばたん!と、わざと大きな音をたてて、それを閉じた。





やめよう!
自分をごまかすのって、ひきょうだ。


いいじゃない。
わたしが、ハクを好きなら、それで。

ハクが、わたしのことを、どう思っていても。

関係、ない。



ハクを、好きでいよう。
それで、いい。



うん!
あしたから、また、一生懸命、働こう!


ほめてもらいたいな。ハク・・様に。
小湯女のひとりとしてで、いいから。



少女の瞳に、けなげで潔い決心の色がはっきりとあらわれたとき。




「セン。セン、ちょっと」


突然呼ばれて、戸口の方を振り向くと。
わらわらと数人の大湯女お姐さまたち。



「あ、お姐さんがた・・。」

「・・・・・・セン。」

「はい」

「あのさ・・」

「はい?」

「ごめん!!・・・・・悪く思わないでおくれよねーーーーーっっ!!!!!」

「え?あ!? きゃーーーーーーっ!!!!!!」



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